第3話 従魔召喚
「従魔召喚。ダンジョン・コアにわらわの魔力を注ぐ……」
悲しき……悲しき別れから気を取り直したミラアリスは、ゆるやかにコアの元へと歩みを進める。
いかに隠し通路で惑わしていても、ここに敵が来るのは時間の問題である。
ならばもう、今はやるべきことをやるのに迷う暇はない。
「おそらく、チャンスは一回のみじゃろう」
コアに向かって手をかざす。
燐光を放ち、ミラアリスの魔力がコアへと注がれ始める。
「わらわたちの進退は、これで決するのじゃ」
すべてを跳ね返せるほどの力が欲しい。
神族の主戦力であるヴァルキリーや、古代の超兵器ロボット兵ならば、あるいは。
ドラゴンを呼ぶ魔法使いや、同じデーモン族や、エルフ族の者でもいい。
「……頼む!」
コアにどんどん魔力をこめながら、ミラアリスは心から祈った。
(わらわたちを救う力を持った従魔よ。どうかこの声に応えてくれ……!)
十分な魔力を飲み込んだコアが、白色に光り輝く。
球体部分が高速回転し、部屋の中を旋風が吹き荒れる。
「出でよ、わらわの新たなる従魔よ!」
ミラアリスが高らかに声を張り上げる。
次の瞬間、コアの放つ輝きが部屋中に広がり、一瞬の閃光となって奔った。
「!?」
あまりのまばゆさに腕で目を覆ったのもつかの間、何か新しい気配がすぐ前に生まれたのをミラアリスは察知する。
それは、魔力の残滓による白煙の中に、ぼんやりと人型の影を映す。
願いは成った。
何者かが召喚された。
「……はて、ここはどちらでございますかな?」
煙の中から低くていい声がした。
(これは、熟練の戦士が呼べたかもしれぬ!!)
勝利を確信し、ミラアリスは白煙の向こうへ声をかける。
「よ、呼び声に応えし者よ! おぬしはわらわに従魔召喚されたのだ!」
「従魔召喚?」
「そうじゃ!」
力強いミラアリスの返事に、煙の向こうからそれがゆっくりと歩み出る。
「わらわに呼び出されたからには、その力を存分にふるい……ふるい……」
その姿をみとめたミラアリスの言葉が止まる。
「なるほど。ワタクシの力が必要、ということでございますな?」
それは、ずんぐりむっくりした体型の、二足歩行のもふもふウサギだった。
白い体毛の上に金の装飾の入った黒いチョッキを羽織り、頭にちょこんと羽根つき帽子を被った、通常の獣とは明らかに違う、魔に属する者の出で立ち。
右手に持った懐中時計を開けたり閉めたりしながら、左手でチョッキの着崩れを整え、ピンクの鼻をひくひくさせている。
「そしてあなた様が、ワタクシの主様」
小柄なミラアリスよりもさらに小さなそれが、右目につけたモノクルを光らせる。
次いで優雅な動作で帽子を取ると、ミラアリスに向かって深くお辞儀をした。
「どうも。ワタクシ、タイムラビット族のパロプンテ、と申します。イゴヨロシク」
「お、おう……わらわはミラアリス、なのじゃ」
呆気に取られたままのミラアリスを前に礼を尽くした時計ウサギは、くんくんと辺りの匂いを嗅いで何かを確かめると、再び口を開く。
「あー、なにやら結構ピンチの匂いがいたしますが」
「あ、うむ! そう、そうなのじゃ! 大ピンチなのじゃ!」
「これはこれは、穏やかではない」
ミラアリスの剣幕に驚きつつも、パロプンテは落ち着いたいい声で返事をする。
「つまるところ、主様がワタクシに求めていらっしゃるのは……」
「うむ。言わずもがな、この現状をおぬしの力でもって粉砕、爆砕、大喝采の逆転大勝利へと導いて欲しいのじゃ!」
「なーるほど」
召喚主の願いを受け、パロプンテは得心した様子で頷いた。
そんな彼と話しているうち、ミラアリスにはもしかしたらという気持ちが湧き上がる。
先ほどからこのウサギ、戦場の気配を感じつつも堂々とした佇まいを崩さない。
ミラアリスの言葉にも穏当な態度で接し、すべてにおいて余裕に満ちている。
初めこそその容姿に気を取られもしたが、この者、見た目にそぐわぬ大いなる力を持っているのではないか。
そんな期待が、彼女の中にできあがっていた。
もしかしたらはきっとになり、きっとはほぼほぼ間違いないへと変わる。
何しろ自分の魔力をメッタメタに注ぎ込んだのだから、そうでなくては困るのだ。
「どうじゃ、大魔法でもレジェンド級のマジックアイテムでも何でもよいぞ! あの小賢しいカイン兄といけ好かない実姉のリーゼ姉をぶちのめして追い払うのじゃ!」
「おお、それは勇ましいお願いでございますな」
「当然じゃ! 今こそ強大な力で相手を倒すべき時なのじゃからな!」
「はっはっは」
「ええい、笑っとらんではよう何か手を打ってくれ! 時間がないのじゃ!!」
「いえいえ、少しお待ちを」
焦れるミラアリスにそっと左手を突き出し、パロプンテが制止する。
その場でうずうずと上下に揺れ始めた彼女を前にして、もふもふが告げた。
「気の急いておられるところ誠に申し訳ございませんが、ワタクシ、その手の戦闘能力皆無でございます」
「!?」
「大魔法も使えませんし、この場をひっくり返せるほどのマジックアイテムも持ちあわせておりません」
ピシリ、と空気が凍った。
「……」
「……」
「……おお」
「おお?」
「大外れなのじゃああああああーーーーーーーーー!!!」
ミラアリスは、生まれて初めて全身全霊をもって絶望した。
両手で頭を抱え、絶叫する。
「ぎゃあー! もう終わりなのじゃー!」
「おお!? 主様。どうか落ち着いて、暴れないでください」
「わらわここで負けるのじゃ? こんなところで負けるのじゃ? 初戦敗退?」
「あっ、あっ。主様、耳を掴まないでください」
「あれだけパパ様に啖呵切っておきながら? みんなに不遜な態度をとっておきながら? 速攻退場とかどんだけ情けないんじゃわらわーー!!」
「あー! 困ります主様あー振り回さないで。ああーーー! 困ります困ります! あひんっ、困りますー! 主様! 困ります! あー!」
ぶんぶんとパロプンテを振り回しながらその場で暴れるミラアリス。
必死の制止も意味をなさず、もふもふは彼女にされるがままだった。
「ここですわねっ!」
当然、そんな悠長な真似が許されるほど、この世界は甘くない。
「やーーーーーーーーっと、見つけましたわ!!」
「!?」
突如コアルームに轟く女の声。
そして即座に砕かれる、隠し通路の中にさらに隠していた入口の扉。
現れたのは、ムキムキのマッチョ。
そして、その後ろからひょっこりと姿を現す、ミラアリスの実姉にして魔王の五女。八番目の子。
「ぎゃー! リーゼ姉!!」
「おーっほっほっほ! そう、私よ! ミラアリス!!」
リーゼロッテ・デモニカ・ロンダルギアである。
「さぁ、大人しくコアを差し出し、あなたの魔力を捧げなさい!」
「ぬううううおおおおお!!」
彼女は縦ロールの髪と真っ赤なドレスを優雅に揺らしながら告げる。
リーゼロッテの背後には、彼女の配下であるマッチョ──もとい、グッドルッキングハンサム族の魔物たちが各々の美しいポーズを決めていた。
「もはや勝負は決しましたわ。潔く敗北をお認めなさい!」
大ピンチはとうに過ぎ、詰み、チェックメイトだった。
「く、ぅ……」
最奥まで攻めこまれ、仲間といえば隣でビクンビクンしているウサギのみ。
最も信頼のおける秘書エルフは既に亡く、この場をひっくり返す策もない。
万事休す。
「うふふ、ふっふっふ、おーーーーっほっほっほ!」
コアルームに、勝利を確信したリーゼロッテの高笑いが響き渡っていた。
ガチャは悪い文明! 金髪ストレート幼女も金髪縦ロール美女もいいものだ。
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