第2話 早すぎる別れ
ミラアリスとサフランはひっ迫した現状を打破すべく、作戦会議を始める。
「お嬢様、ダンジョンの機能についてはどれほど覚えていらっしゃいますか?」
「うむ、だいたい分かっておらんな」
「さすがはお嬢様。ただでさえ学ばない、考えない、我慢できないの3拍子揃ったお方。愚問でございました」
「フフンッ、そう褒めるでない。照れるではないか」
「さすがはお嬢様」
「ハッハッハ!」
「話を戻します」
「うむ」
サフランが中空に複数の魔法のパネルを展開し、説明を開始する。
パネルには絵と文字が次々と浮かび、ダンジョンに関するさまざまな情報が表示された。
「ダンジョンはコアを起点に生成されており、同時に維持、拡縮にもコアの力が使われています」
「うむうむ、あそこでふよふよ浮いておる玉がそうじゃな?」
「はい。なのであれが破壊されたり奪われますと、このダンジョンは機能を停止します」
「そこは分かっておるのじゃ。それ即ち、王位継承権の喪失じゃからの」
「素晴らしい。その通りでございます」
「フフンッ」
ふんぞり返って無い胸を張るミラアリスを、うっとりと見つつサフランは語る。
「いっそコアを運び出せればよかったのですが、装置から外した時点でこのダンジョンは停止、王位継承権喪失。ですのでコアだけ持ってとんずらすることはできません」
「ううむ」
「つまり私たちはどうしても、ここにあるコアを守らなければならないということです」
「じゃな」
「そして現状、このコアルームを除いてすべての部屋が、カイン様とリーゼロッテ様の軍勢によって制圧されています」
サフランが指を滑らせパネルを変えれば、ボロボロの各部屋や通路が表示される。
「ひっどいのう」
「はい。今はまだ、ここへと続く隠し通路にお二人とも気づいていませんが、バレるのも時間の問題かと」
「ふぬぅ」
ミラアリスたちがダンジョンメイクを始めて今日までの時間、たったの二日。
出来立てほやほや、色々と準備不足だったそれらが、先だって手勢を用意する時間のあった彼らに勝てる道理はなかった。
「とどのつまり、詰みです」
「ううむ、なんとかならんものか……」
「いっそのこと、白旗でもあげますか?」
「リーゼ姉なら笑顔で見なかったことにして、ぜーんぶ奪っていくじゃろうな」
「ですね」
いくら考えても、逆立ちしても現状を乗り越える手は浮かばない。
そうこうしている間にも、タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。
そしてそれは、サフランについても同じだった。
「とにもかくにも現状の私たちには選択肢が……ごほっ! ごほっ!」
「サフラン!? 血を吐いたのか!?」
「申し訳、ございません。高機動型のエルフなもので回復魔法は不得手でして……」
今になって、ミラアリスはサフランの服が赤黒くにじんでいることに気づく。
残った布地の内側に隠していたのだろう、おそらくは深い刺し傷があるようだった。
「サフラン! サフラン!!」
ふらり、その場に横倒れになったサフランに、ミラアリスが必死に呼びかける。
サフランの顔には死相が浮かんでいた。
「待て、逝くな!」
「ああ……可哀想なお嬢様。優秀な私を蘇生するにはMGが全然足りません……」
「分かっとるならもうちょっと粘れ! 気合で食いしばるのじゃ!」
「申し訳、ございません」
「謝るな! というかおぬしがおらんと本当に詰んでしまう!! 耐えよ!」
「ふふ。本当に、自分勝手なお方……」
膝枕されて感じる太ももの柔らかさに恍惚としながら、サフランは笑う。
桃源郷はここにある。
「まだダンジョンメイクを始めて幾時も経っておらんではないか! あれもこれも何もかも! まだやれておらんのじゃぞ?! バカ者ー!」
「ああ、そんなぷりぷりした顔をされては、逝ってしまいます……!」
「なーに勝手にいい顔して死にかけとるんじゃ! 耐えんかー!!」
「あ」
ハタと、何かに気づいた様子のサフランが気の抜けた声を上げた。
「お嬢様」
「なんじゃ!? 冥土の土産なら聞かんぞ!?」
「逆転の一手が、あるやもしれません」
「本当か!?」
「はい」
目の色を変えたミラアリスに、ぷにぷにの太ももに後頭部を擦りつけながらサフランが語る。
その際ちょっと鼻血が出そうになったのを我慢した。頑張れサフラン。今余計な血は一滴も流せない。
「コアにお嬢様の魔力を注ぎこみ、新たに従魔を召喚するのです」
「従魔を?」
従魔とは、ダンジョンの主に仕え、ダンジョンを守る存在である。
コアの魔力を使いどこかから召喚したり、新たに生み出されたりする者たち。
後者は生成ではないかと言う声もあるが、面倒なので全部召喚なのである。
「お嬢様の魔力はご家族の中でも随一。もしかしたら、強大な配下が手に入るやもしれません」
「ここにきてわらわに博打をしろというのか!」
「そうです。お嬢様の魔力と、王の器たる者の豪運に、賭けるので……ごほっ」
「サフラン!!」
再び血を吐き、もはや限界といった様子のサフラン。
「お嬢、さま……」
「なんじゃ!?」
「また、お嬢様の元へ、戻ってこれます……か?」
「!?」
ダンジョンにおいて、主を除いた防衛する側の者が命を落とした場合、魂の価値──レベルに応じたMGをコアに捧げることで、蘇生ができる。
だがそれはあくまで、コアが無事に残っていた場合に限る話である。
「と、当然じゃ!」
「よろしく……おねがい……します、ね?」
「任せよ……任せよ! わらわを誰と心得ておる!」
サフランの体から力が抜けていくのを感じながら、ミラアリスは必死に言葉をかける。
「こんな苦境ぺぺっとやり返し、MGもびゃーっと貯めて、連れ戻してやるのじゃ!」
「さすがは、おじょうさま」
サフランの瞳から生気が薄れていく。
「じゃから、待っておれ。サフラン」
「はい、おじょうさま……さいごに、言葉、を……」
「うむ。何でも言い残すがよい! お主の言伝、わらわが聞こう!」
もはや握り返す力もないサフランの手をしっかと握り、ミラアリスが笑う。
その熱を、温かさを感じながら、サフランが最期の言葉を語り始めた。
「おじょうさまなら、きっと、なんでもできます」
「うむ、うむ!」
「ずっと、ずっとみまもって、いました」
「ああ、知っておる!」
「ですから……今、とても、くやしいのです」
「なんじゃ、なんでなのじゃ?」
「今の、お嬢様の泣き笑い顔を、最高級魔法カメラで撮影したか……た……」
「そうか撮影……ん?」
「口、惜しい……お嬢様観察アルバム……286冊目、が……まだ」
「んん?」
「せめてこの目に……焼き付け……ぐっ」
「んんん?」
「ぶっちゃけ、今の顔、ふひっ、超……そそ……る……がくっ…………」
「んんんん?」
「…………」
サフランは健やかな顔で光の粒子となり、ダンジョンの中へ溶け消えていった。
「…………???」
聡明な読者諸君はもうお気づきのこととは思うがあえて伝えよう。
彼女は、そう、いわゆる淑女と書いて変態と読むたぐいの人物であった。
「……は?」
残されたのは、腹心のアレな遺言に困惑する、美幼女が一人。
「…………」
青い瞳から今にも零れ落ちそうだった涙は、気づけば引っこんでいた。
「………………従魔召喚、か」
少し悩んで、ミラアリスは彼女の言葉を聞かなかったことにした。
この世界の命は、案外と軽い……かもしれない。
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