第1話 敗北の末妹姫
突然だが。
とあるダンジョンが崩壊の危機に瀕していた。
「うおおおおおうのれえええええええーーい!!!」
ダンジョンを形成する核となる装置、ダンジョン・コアを有する部屋──コアルームで叫ぶのは、一人の美幼女。
名を、ミラアリス・デモニカ・ロンダルギア。
魔王グレンデル十番目の子にして、七女。次期魔王候補たる末の娘である。
「絶対! ぜったい! ずぇぇぇぇぇったいに!! 許してなるものかぁぁ!!」
呪詛を吐く彼女の視線の先、中空に浮かぶ魔法パネルに表示されているのは、彼女の五番目の姉と、三番目の兄の、フィーバータイム顔だった。
「おーっほっほっほ! ミラアリスのよわよわダンジョンなど、ぶち壊してさしあげますわ!」
「そうだ壊せ! 踏破しコアを奪え! 見つけた宝はすべて俺たちの物だ!」
「愚妹を見つけたら捕えなさい! 魔力を絞るだけ絞ってお父様の元へポイよ!」
「遠慮はいらない。これはバカで世間知らずな妹への、教育なんだからなぁ!」
金髪縦ロールのナイスバディなお嬢様と、銀髪七三分けのイケメン。
サディスティック丸出しで彼女たちは配下の魔族へ指示を出し、ミラアリスのダンジョンを蹂躙している。
ぶっちゃけ大ピンチ、というやつである。
「っていうか、サフランはどうしたのじゃ!? サフラン! サフラン!!」
大暴れの兄姉を映すパネルから目を反らし、ミラアリスは声を張り上げ、この場にいない己の腹心の姿を探す。
そんなミラアリスの呼び声に応えてか、間を置かず青白い光の粒が現れ、彼女の前で弾けた。
転移魔法の輝き。その拡散と共に、彼女の元へとそれは姿を現した。
「……おお!」
結い上げた黒髪にリクルートスーツを身にまとう、ひと見で分かるやり手の気配。
尖った長耳エルフの証。ミラアリスの腹心、秘書エルフのサフランである。
「お、お嬢様……」
「サフラン! まーったく、今までどこをほっつき歩いておったのじゃ……って、なぁ!?」
姿を現した腹心、サフランはボロボロだった。
激しい戦闘を行なったのだろう、秘書エルフである彼女のトレードマークとも言えるリクルートスーツの上着は、ところどころが焦げ落ち、素肌をあらわにしている。
黒ストッキングの下、びりびりに破れたタイツはちょっとエッチっぽかったが、そんなことを気にしていられないくらいの惨状だった。
「いったいどうしたというのじゃ!?」
「不意打ちに、やられました。カイン様とリーゼロッテ様が、連携を……くっ」
「サフラン!」
話の途中で膝をついたサフランにあわてて駆け寄り、ミラアリスが支えになる。
支えられたサフランの口から、小さく吐息がこぼれた。
「サフラン! サフラン!」
「まさか、あのお二人に手を組むほどの知能があったとは……不覚です」
「サフラン! それはさすがに兄上と姉上のこと、バーカにしすぎじゃないかの?!」
「そーんなことより、お嬢様!」
「ぬあっ!?」
「これから大事なことをお伝えします!」
ミラアリスの手を握り、サフランが強い視線を送る。
彼女の琥珀色の瞳が、主を射抜いた。
「どうか、お聞き逃しのないよう……」
「! わ、わかった!」
瞳から伝わる真剣さにミラアリスはうなずき、言葉を待った。
「では……毎日のおやつ代は合計10MGまで。夜更かしはほどほどに、美容には最大限気を使って──」
「待てサフラン。それは今言う話か?」
すぐにやめて問いかける。
何か嫌な予感がする。
ミラアリスはいぶかしんだ。
「大事な話ですよ?」
「ほんとに?」
「はい」
「……なら、続けよ」
「……こほん。いいですか、泣いて魔城へ送り返されてもへこたれず、心を強く持って生きて下さ──」
「って、そりゃわらわが負けた後の話ではないか!! そんなもの聞けるかー!!」
「ああんっ!」
嫌な予感は的中。
サフランを地面に投げ転がし、ミラアリスが吠えた。
転がったサフランは冷たい石畳に伏し、さめざめと泣いた。
「酷い、しくしく……」
「わらわはあやつらに勝ちたいのじゃ! そのための策を語らんか!!」
「いやー、正直この状況から逆転する目は想像つきません。詰みです」
「あーきーらーめーるーでーなーーーーい!!」
ノリの軽い腹心の態度にキーキーと騒ぐミラアリス。
そんな彼女の、主に地団太を踏むたびに揺れる太ももと二の腕あたりを交互に見つめながら、サフランは不意に真剣な顔を取り戻して告げる。
「お嬢様、この度の失態は私の不徳の致すところ。すべての責は私にあります」
「責任の所在などどうでもよいわ。今はいかにしてこの状況を──」
「そんな不忠者の私ではございますが、主のため、この言葉を贈りたく思います」
「なんじゃ」
「人生、諦めが肝心」
「ふんにゃーーー!!!」
フシャー! っと、猫のように尻尾を立ててミラアリスが鳴いた。
ピンと伸びた尻尾の先、ハート型のそれが天を突いていた。
「まだじゃ! まだ逆転の手はあるはずなのじゃ! このわらわが、このようなところで詰みなどということあってはならぬ!」
「お嬢様……」
「おぬしも長命のエルフ族にしてエリート秘書を名乗っておるのなら、ここらでひとつ逆転の策でもわらわに授けよ! はよう! はようはよう!!」
「ええー」
人差し指を突きつけ無茶な命令を下す主に、難色を示すサフラン。
けれど彼女の口からは、次いで自然と笑い声がこぼれていた。
「……ふふっ。本当に、お嬢様は諦めが悪いお方ですね?」
「当然じゃ。わらわはこの地を統べる魔王になるのじゃからな!」
いったいどこからこの自信が湧いてくるのだろうか。
この期に及んでまだ勝つ気でいるミラアリスは、サフランの目にまぶしい。
「……ふふ」
「……ハハッ!」
二人でしばし、笑いあう。
今もって、危機的な状況は1ミリとして変わってない。
「いやー、どう考えても詰みですよ? ぐちゃぐちゃですし」
「知るかそんなもん。おぬしが何とかせい天才」
ピンチもピンチ、大ピンチである。
「んもう。本当に無茶ばっかり」
「わらわを誰と心得る? わらわじゃぞ?」
「…………さすがですお嬢様。この上ない説得力でございます」
「ハッハッハ!」
だがこの逆境にあって、ミラアリスとサフランの主従は不思議と楽しそうだった。
「……かしこまりました。でしたらお嬢様、作戦を考えましょう」
「うむ。よきにはからうのじゃ!」
9分9厘敗北といっていいこの状況で、二人はまだ、足掻くことを選択した。
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