エルダーと呼ばれた男
第四話です。
何やらキナ臭い人物の登場です。
『で、取り逃がしたというのか?』
黒ずくめの太った男から一通りの報告を聞いたあと。
受話器の向こうではくぐもった男の声がそう問い返していた。
「も、申し訳ありません! もう少しだったのですが……、まさか駆動車で逃走するとは思わなかったもので……」
『その駆動車は、勿論追跡したんだろうな?』
「そ、それが、えらく足の速い奴でして! 我々もすぐに駆動車に乗り込んだんですが、その頃にはもう見失いまして……、あ、ありゃぁ造られたのは今時分のものではないですよ! きっと旧時代の遺跡から発掘された……」
『要するに、失敗したということだろう?』
「……あ」
受話器から聞こえる声の主から、それまではかろうじて残されていた温もりが消えた。
『クロニコフ君、私は言った筈だ。失敗は許されないと』
「いや、しかしですね少佐! 女が逃げ込んだ先は……」
『なぜすぐにディスクを手に入れなかった?』
「あ、いや……その……」
『彼女を撃ち殺そうとまでしたのに、なぜ詰めを誤ったのかな?』
少佐と呼ばれた男の追求に、クロニコフは言葉が詰まってしまった。
「あぐ……そ、それは……」
『これは失態だよ、クロニコフ君。我々は秘密裏に動く必要があった。目的を周囲に知られるわけにはいかないからねぇ。この通話もどこで盗聴されていることやら』
少佐と呼ぶ男にそう言われ、クロニコフの受話器を握る手が微かに震え始めた。
『誤った判断のもとで行動するのは非常に危険だよ、クロニコフ君ーー』
少佐がそう告げた時、クロニコフの手から受話器が落下した。
配線の伸びきった受話器がプラプラと揺れ、時折コツコツと壁に当たる音が響いている。
電話機のあった台の下には……
三人の黒ずくめの男たちが、身動き一つせず横たわっていた。
ーー
「ふむ、死んだか」
暖かい光が、窓から差し込んでくる室内。
窓辺に置かれた、一際大きなテーブルに 男が一人。
受話器を耳に当て、佇んでいる。
男はふぅっと息を抜くと、耳に当てていた受話器を、静かに電話機に戻した。
チン、という小さな音が、虚しく室内に響く。
「使えない部下を持つと苦労するな」
縁なしの丸眼鏡をクイッと指で軽く持ち上げると、男は再度受話器を取り上げ、電話機のダイヤルを回す。
呼び出し音が暫く続くと、受話器を取る音が聞こえた。
「私だ、そうだ。エルダーだ。鍵の確保に失敗してしまってね。場所? 例の街で見失ったと連絡があった。どうやら脱出に手を貸した者がいるらしい。体の一部を撃ったそうだが、そうそう簡単に死ぬような体の造りはしていないから無事だろう。鍵が勝手に動き出すと厄介だ、発見次第、確保するか、始末して欲しい。うん? 脱出に手を貸した者か? 構わん。一緒に始末すればいい。それから、先ほどの私宛の外部通信の記録は削除しておいてくれたまえ」
一頻りまくし立てると、エルダーは受話器を置いた。
窓に振り返ると、心地よい風が窓から入り、彼の整えられたブラウンの髪の毛を揺らした。
彼の振り返った先。
その先には、石造りの壁に赤やオレンジ色といったカラフルな屋根の家屋が軒を連ねている。
通りは行き交う人々の群れで活気付いており、この街の賑やかさが見て取れた。
王都「ボルカ」。
この星で唯一、緑が残っている大陸にこの街はある。
王都と名乗るだけあって、この街にはまだ潤沢な資源が残っている。
その恩恵からか、この街は他の街に比べ、豊富な資源がある分、生活にゆとりがある。
通りを歩く子供たちの列は、今から学校にでも向かうのだろう。
道端で談笑する老人たちは、微笑みながらそれを眺めている。
どこかの軒先からは、朝っぱらから若い男女の言い合いが聞こえてくる。
当たり前の「人間の営み」と言われてきたものが、この街にはまだ残っているのだ。
だが、その光景を見て、エルダーは大きくため息をつき、まるで情けないとでも言いたげな様子で、首を左右に振っていた。
「全く、星の寿命が迫っているというのに……呑気なものだな」
街の様子を眺めるエルダーの目は、どこか冷ややかである。
出てくる言葉も、まるで他人事のようだ。
「まぁ、知らなければ無理もないか。知らない方がいいこともある。知ったところでどうにもできるわけがない。凡人共にはな」
一人ごちた後。
机に置かれたカップを取り、注がれたお茶をゆっくりと口に含んだ。
「……世界の終わりには今日のような茶を嗜みたいものだ」
エルダーはもう一度カップを煽り、グイッとお茶を飲み干した。
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