便利屋
二話目です。
よろしくお願い致します。
砂漠の街「ブロイ」。
赤茶けた荒野と砂漠が入り混じった平野に造られたこの街は、大陸のほぼ中央に位置しており、賑やかで活気のある商業街だ。
大きな特徴としては、街のメインストリートを街道が突き抜けており、その界隈には商いの為の露店や出店が多く立ち並び、市場を形成していることだろう。
物価は中央都市に比べれば遥かに安く、工業製品などの物資に関しても、型遅れや再生品が多いが、現行品と比べれば格段に安い。
当然、物が集まれば自然と人が集まるというのは物流の摂理である。
工業製品だけではなく、旧時代の遺跡らの発掘品を始め、加工食品や生鮮品を取り扱っている店もある。
そういった物を求め、連日メインストリートは多くの人間で溢れかえっていた。
行き交う者たちの生業もそれぞれで、行商人やそれを相手取る商人、この街を拠点にする職人もいれば、ただの旅人もいる。裏通りを見れば、娼館の軒もちらほら。
そう言った者たちが、このブロイの市場を作り、活気づけているのだ。
中には人生を賭けて一世一代の富を築こうと足掻く、トレジャーハンターの姿もある。
そして……この街は訪れる者にとって、ひと時の安らぎを得られる癒しの場でもあるのだ。
夜になれば人肌恋しくなり、温もりを求め合う者たちもいれば、酒を飲み、仲間と今日一日の出来事を語らう者もいる。喧嘩をしたり、時には殴り合ったりするが、次の日には親友のように肩を組み合う者たちも……
この世界に住む者は、誰もが知っているのだ。
ーー自分たちは砂と硬い土が交わる、荒れた大地の上で産声を上げたということを。
必死で足掻き、生き続けることしか出来ないこの世界が、自分たちの居場所なんだということを……
ーー
メインストリートから外れて一つ筋を変えると、ゴツゴツとした堅牢な建物が軒を並べる通りに出る。
その建物たちは、主に倉庫として扱われている建物たちだ。
その大きさも大小様々だが、その中の一つ。二階建ての家程度の大きさだろうか。
その倉庫の入り口横には、「便利屋」という看板が下げられていた。
日は沈み、辺りは既に暗くなっている中。
この「便利屋」の看板が下げられている倉庫の窓だけに灯りが灯されていた。
「リッキー! 飯出来たぞー!」
グレーの髪を揺らしながら、目鼻立ちの整った男がフライパンを傾ける。
すると、中からジューッ! と音を立てながら、肉と野菜の炒め物が大きめの皿に転がり込んできた。
男はフライパンをコンロに戻し、別の空いた皿に切ったバケットをいくつか放り込むと、二つの皿を持ってキッチンから隣へと移動した。
移動した先は、七畳程度の広さであり、窓際には椅子と机が置かれ、書類がひしめくように重ねられている。
その手前にはテーブルが置かれ、二人がけの椅子が向かい合っている。
男はテーブルに手にしていた二つの皿を、やや乱雑に置いた。
「リッキー! 飯だぞーー!!」
男はまた声を張って名前を呼ぶが、名前の主は一向に現れない。
どうやら何かをしている最中のようだ。
「全く……、機械いじりばっかしやがって。たまには請求書捌くのを手伝えってんだ!」
男は悪態を吐くと、ドカッと椅子に腰を下ろし、バケットを一つ取り上げた。
その上に出来立ての肉と野菜の炒め物を乗せると、口を大きく開いてかぶりつくと……
「んん〜〜〜……!!」
思わず目をつぶり、食べ物で塞がった口から声を絞り出した。
まさに至福の顔。
この上なく幸せを感じ取れるような表情だ。
「ん〜っまい! やっぱ、ガーデンコッコのモモ肉は最高だぜ!」
一人絶賛して、またかぶりつく。
その度に「んん〜〜〜!」と歓喜に満ちた呻き声を上げていた。
「マジうまい! リッキーめ、早く来ればいいのに!」
一つめのバケットを平らげると、男はすかさず二つめのバケットを取ろうと手を伸ばした。
ーーその時。
……ン。
男は伸ばした手を止めた。
(今何か聞こえたか?)
目を泳がせながら耳をすませる。
ーーントン……
聞こえた……音だけだが……
何かを叩くような……
男は息を潜め、耳を澄ました。
ーートントン。
今度は分かった!
ドアだ、ドアをノックする音だ。
男は立ち上がり、窓の横にある玄関扉まで素早く移動すると腰に下げたホルスターから銃を静かに抜いた。
「誰だ?」
扉の横の壁に肩を付け、扉の向こうに問いかけた。
が、返事はない。
仕事柄、訪ねて来る人間が皆「客」ではないと考えている。
中には、稼ぎを横取りしようと襲って来る者もいるのだ。
迂闊に扉を開けて、蜂の巣にされた同業者もいる。
男はセーフティを解除して引き金に指を添えた。
万が一を考え、最善の策を取ることにする。
息を潜め、相手の動きを読もうと耳をすます。
が、ノックの音以外に何も聞こえてこない。
付け加えれば、人の気配があまり感じられない。
もし自分たちを殺そうと考えている輩であれば、殺気だったり荒い呼吸だったり、何かしらの動きがあるものだ。
それが今はない。
男は首を傾げながら、ソッとドアノブに手を掛け、回し、引いた。
そして、勢いよく玄関ドアを開けると、床に膝をつき、素早く身をかがめ、応戦できるよう銃を構えた!
だが、ドアの向こうからは真っ直ぐ男に向けて打ち出される弾丸も無ければ、得物を手にして飛び込んでくる何者かの姿もない。
ただ、何かが倒れこんで来た。
「ーーえ? あ、うぉ!?」
反射的に倒れ込んできたものを抱き抱えると、フワリと柔らかく、良い匂いがした。
そして、男の顔をくすぐるように撫でてきたのは髪の毛だった。
それも白銀に輝く、細くてしなやかで艶のある髪の毛。
抱き抱えた際に回した手のひらからは柔らかい感触が伝わり、柔らかさから、男ではなく女性特有のもの。
それも……
「おいおい……」
柔らかい感触とぬるりとした感触、その両方を感じ取り、男は片手を離した。
それを見て絶句する。
ーーこの感触は……、マジかよ!?
その手のひらは真っ赤に染まっており、足元に目をやれば、床の上が真っ赤に染まっているではないか!
顔を見れば、この上ない美女なのだが、その顔には血の気が全くと言っていいほどない。
唇なんて紫色をしている。
今にも死んでしまいそうな表情だ。
そして、彼女は苦しそうな表情を浮かべつつも、視線を男へと向けた。
「……あ、あ……」
「喋るな! すぐに医者を呼ぶ! リッキー! リッキー、何してやがる!?」
「お、おね……が、い」
彼女は苦しそうに喘ぎながら、たどたどしい口調で話しかけてきた。
だが、囁くような声量にしかならない。
男は聞き取れないと分かるや彼女の口元に耳元を近付けた。
「何だ!? 喋るなって言っただろ!?」
「お、お願いが……ある、の!」
女性は震える手を男性の方へと伸ばしてきた。
「おい! 喋るな!」
「お、お願い!」
今にも消え入りそうな、しかし、意思のこもった強い口調で彼女は男に懇願した。
「な、何だよ……」
「これ、を……」
女性が伸ばした手には、手のひらほどの封筒が握られていた。
それを強引に男の胸元に押し付ける。
男は胸元に手を伸ばすと、その封筒を受け取った。
それを見た女性はうっすらと、しかし柔らかい微笑みを称えると、そのまま静かに目を閉じた……
「お、おい?」
全身から力が抜け、女性の体から生気が抜けていく。
次第に重さを感じ始めた時、背中から声を掛けられた。
「ランシス? 呼んだかー?」
間の抜けたような声掛けに、ランシスは眉間を潜めた。
ーー散々呼んだのに、今さら出てくるのかよ!
胸の内で悪態をつきつつ、ランシスは振り返った。
振り返った先に立っていたのは、ツナギに身を包んだ中肉中背の男。
脇を刈り込み、トップだけ揺らめいている髪型のせいで、ふくよかに揺れる頬が余計に目立っている。
普段は細く垂れた目つきが、ランシスの状況を見て慌てふためき、カッと見開かれていた。
どうやら驚いているようだ。
「お、おい、どうしたんだよ?」
「どうしたんだよって……お前こそ今頃来るのかよ、リッキー」
そう言われて、リッキーは、
「い、いや、ていうか、その人、誰?」
「知らねぇよ! いきなりここに来て死んじまったんだから!」
死んだ。
そう、彼女は死んだのだ。
この男、ランシスに封筒を渡したすぐ後に。
リッキーの問いかけに、ランシスも首を傾げた。
「俺もよく事情が掴めてないんだ。取り敢えず、警察に……」
そうランシスが言い終わらないうちに、
ズキューン!
と甲高い銃声が聞こえたとともに、ランシスの顔の横を何かが駆け抜けて行った!
「ラ……ランシス?」
「リッキー! 伏せろーー!!」
ランシスは女性の亡骸を床に降ろすと、自らも伏せつつ、玄関ドアを蹴った!
勢いよく玄関ドアが閉まると同時に、無数の弾丸が玄関ドアに撃ち込まれ、ドアはすぐにボロボロになってしまった。
窓ガラスは割れ、床上にその破片を撒き散らす。
彼らを襲った弾丸は電球も撃ち抜き、室内文字通り真っ暗になってしまった。
暗くなった室内は静まり返り、それと同時に銃撃も息を潜めるように止まった。
銃撃が止んでしばらく経つと、道路を隔てた向かいの建物から、黒いスーツに身を包んだサングラスの男三人が姿を見せた。
拳銃や機関銃をその手に携え、狙いは変わらずランシスたちがいる倉庫だ。
細身の男が、辺りを警戒しながら破壊した玄関ドアの傍に身を寄せ、中を確認する。
すると、どうか。
中にいたと思われる人間の死体が見当たらない。
まだ、暗がりに目が慣れていないのか?
そんなはずはない。
普段からサングラスを掛けているお陰で、暗闇にはすぐに目が慣れる。
まだ奥なのかもしれない。
そう思い、部屋の奥を覗き込もうとした時……
ギュルルルルル……!
と何かが擦れるような音が聞こえてきた。
同時に、ドッドッドと、低く太い音も混ざっている。
男が怪訝な顔で首を捻っていたその時……
ガシャーーーン!
と盛大な音を上げながら、倉庫の扉が内側から弾け飛んだ!
ポッカリ空いた倉庫の入り口から現れたのは、一台の車両だった。
分厚そうな装甲に身を包み、ゴツゴツした印象で、タイヤは左右で三輪ずつ。
倉庫の扉をブチ破るくらいだから、相当に頑丈なのだろう。
ルーフの上には、何やら銃身のような影もある。
男たちは咄嗟に手にした銃を発砲するが、車両の装甲が弾丸を弾き飛ばしていく。
装甲車は彼らをすり抜けるようにして進むと、夜の街へと向かっていった。
「クッソ! おい、女はいたか!?」
「ダメだ、人っ子一人いねぇ!」
「てことは、あの装甲車の中だな! テメェら、追いかけるぞ!」
男たちはそうわめき散らしながら、装甲車が走り去った跡を、あたふたと追いかけるのだった。




