#94 溢れる見えない気持ち
下では歩く人の幾つもの靴が揺れ、地面とくっついたり離れたりを繰り返していて、少しだけ視界が騒がしさに溢れていた。
まだ初対面から時間が経過していないというのに、あなたに溶け込むときくらいの薄化粧でいる私と、親しい人に見せる笑顔を私に振り撒いてくれている先輩の妹さんがここにいる。
妹さんは、私との身体の境界線を、まるで無いように見せるみたいにくっつき、私はそれに答えようと腕を動かし、腕の中は妹さんで満たされた。
あなたとあなたのお姉さんと共に、冷たい海に浸っているフヤフヤ感が未だに感触として残っていて、海のまんまの皮膚で地上にいるような感覚でいる。
波の不定期的な白色も、まだ瞳に染み付いたままで、建物に入るとゲームセンターのゲーム達を背景として、薄い波が寄せては返し、継続的に視界を賑わせた。
妹さんは、今までに出会った誰よりも高く飛び跳ねながら喜ぶ人で、ゴツゴツしたゲーム機の無骨さと重なり合って、より柔らかく見えた。
音から与えられた振動は、耳からだけではなく、心臓や脳などの様々な臓器にも伝わり、気持ち悪さにフィットしたものとして、ガタンゴトンと揺すってきていた。
テンションの高い妹さんは、靴底を鳴らす音や、叫びに近い声などを何度も発し続けていて、それらはゲームの騒音によってさらに高まり、激しさの相乗効果が生まれている気がした。
「前からずっとお姉ちゃんのこと好きだって、お兄ちゃん言っていたよ」
「そうだったんだね」
「うん。今は萌那さんのことを大事にしているみたいだけど」
「お兄さんとは、何でも話せる関係なんだね」
「そうだよ。でもお兄ちゃんは、ほぼお姉ちゃんの話しかしないけどね」
「私のことで、そんなに話すことあるかな?」
「うん。お姉ちゃんの彼氏のことも褒めてたしね。あっ、UFOキャッチャーだ!」
「UFOキャッチャー好きなの?」
「うん。いつも全然取れないけど」
「私、UFOキャッチャーは最近、得意になったんだ」
「彼氏の影響でしょ?」
「まあ、そうかもね」
優しさと華やかさを纏ったシャンプーの香りが、妹さんが跳ねる度に髪から漏れ出し、柔らかくふんわりと鼻の周りを漂いゆく。
妹さんの圧倒的な存在感に呆気に取られ、開けっぱなしになっていた唇の隙間から入った空気により、苦みを沢山の空気で薄めたような、僅かに不快感のある味わいが生まれた。
あなたの愛という存在が、先輩の妹さんみたいな小さな子供の愛のように明白であったなら、こんなに心に疲労を感じることも、あんなに心に喜びを感じることもなかっただろう。
妹さんのためにガラス越しのウサギさんを見つめていると、その視界の端で、先輩ファンの赤いスカートの女性らしき影が、何度も視界に現れて、ちらついては消えてゆく。
妹さんは、あなたのお姉さんみたいに、私をキュンキュンとした瞳で見つめてきて、女性としての存在感をハッキリと浮かび上がらせているようだった。
取り出し口まで転がってきた、フワフワとした感触のウサギさんを妹さんに渡すと、急に仲良くなり過ぎな気がするほど、ベッタベタに身体を預けてきて、その可愛さを一番分かっている肌が、ピョンピョンと飛び跳ねた。
あなたが触れてくれない身体の沈黙した部分を、先輩の妹さんが優しく触れて、癒してくれているような感覚になっていた。
大画面でガチャガチャと動くキャラクターの画から、一歩外に足を踏み出すと緑色の葉っぱがあり、その葉っぱの落ち着きと微動にあなたを重ね合わせてしまっていた。
海で撮ったあなたとのツーショットが詰まったスマートフォンの画面を、道端でそれとなく妹さんに見せると、うっとりと瞳をとろかせて、身体全体を輝かせてみせた。
先輩の家を見るという行為さえも足が拒み、妹さんとは先輩の家から少し離れた場所でさよならをし、大きく左右に手を振りながら見送った。
幸せに満ちた全身の中で、真っ先に鼓膜がムズムズとし始めて、録音したあなたの途切れ途切れの細い声を、スマホを耳に引っ付けながら噛み付くように聞いて帰った。




