#83 覚束ない二年目
遊びに誘う声がいくつも飛び交う教室で、先輩と食べに行って閉じ込めてきたパンケーキの写真を、親指を使ってスライドし、すらすらと眺める。
少し前に届いたあなたからの音声と文面から、私の脳にはあなたの綺麗な顔が現れ、何処かにあなたがいることを確認したことで僅かに安心出来た。
あなたからの、今日会いたい、という留守電の声が、まだ私の両耳の中で踊り狂っていて、それに釣られて臓器たちも気持ちよく踊り始めた。
あなたに会えるワクワクと、ホクホクとした陽気のなかで、私の身体の強張りというものに、少しのなだらかさが見え始めていた。
教室には新しい顔ぶれもなく、見慣れた顔が次々とこの空間から去っていき、机のステージに立たせた、あなたとお揃いのライオンのキーホルダーだけをずっと眺めていた。
何気なく見たドアの隙間にある廊下では、整ったそれぞれのパーツが主張を見せている先輩の、美しい顔と美しい坊主が覗いていた。
逃げたはずの先輩への気持ちは、教室に入ってきた先輩本体にくっついて僅かに戻り、潤いの調子がいい両手を、サラサラとすべり合わせた。
教室に現れた先輩に会釈するでもなく、胸元で控えめに構えた手を小さく振り、遥斗さんと呼ぶという信号を喉元で抑えて、いつも通りに先輩と呼んだ。
「プレゼント、ありがとうございました」
「いいえ」
「絆創膏とかタオルとか、玲音のことも考えていただいてありがとうございます」
「気に入ってくれたんだね」
「あ、はい」
「良かった。先日は本当にありがとう、すごく楽しかったよ。これからは友達としてよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「玲音くんのことは萌那ちゃんから聞いたよ。俺じゃダメかもしれないけど、もし良かったらいつでも相談してよ」
「ありがとうございます」
「頑張っても頑張らなくてもいいから、とにかく自分らしくね」
「はい」
「じゃあね。落ち込んでいるか心配で来たんだけど。大丈夫そうだからもう行くね」
身体に上手く嵌まっていなかった気持ちが、少しずつ場所を探しながらうごめき、時間は掛かったが、ある場所にガッチリと嵌まったような気がした。
教室を去っていった先輩の背中に引き寄せられるかのように、いつもの階段を降り、外気に身体を晒すと、春風に匂いがあることに気付いた。
先輩からのアーンで貰ったような甘さではなく、あなたからのアーンで得られるような甘さを私は期待していて、次第に舌がパサパサと渇き、酸っぱさが漏れてゆく。
サクラ色がくすんだような絨毯を踏みしめるように進んでいくと、前髪が美しく垂れる視界には、幸せのエフェクトがうっすらと掛かっていた。
帰り道をズンズン進むと、いくつもの布で顔の様々な箇所を隠している人物がいて、マスクがあろうと、ニット帽があろうと、俯いていようと、私の目は誤魔化せず、すぐにあなただと分かった。
足を小刻みに動かして、あなたの元へ駆け寄ると、春よりも暖かさを運んできてくれる優しさ溢れるあなたに、すぐにくっついた。
久し振りに触るあなたの手を、自分の手に擦らせるように、ゆっくりとじっくりと馴染ませると、とても優しい感触がした。
あなたの上にはいつも曇天が付きまとい、今も黒を帯びた雲が上空を僅かに流れ行き、目の前では私にしか見出だせない、あなたの瞳の輝きが煌めいていた。
あなたのあなたにしかない特有の部分を見つめていたら、あなたの愛情が染み込んだ髪の毛の先を切るのが怖くなり、髪の毛をまだ伸ばし続けることを決心した。
久し振りにあなたの顔を見ただけなのに、背筋が天に引っ張られ、嬉しさから来る熱によるムズムズが起こり、それはとても気持ちがいいものだった。
私が声を出す度に驚くあなたの声で、嬉しさを含んだ耳鳴りのようなものが響くように起こり、それは耳鳴りにないほどの低音で、ズンズンと進み続けていた。




