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#80 頭の中では別のことを

商店街の寂れかけた印象を、華やかにするカップルたちが通りすぎ、正方形がいくつも嵌め込まれた地面を、不安定な鼓動と一緒に見つめる。


あなたは何の嫉妬もせず、何の制限もなしに私を送り出し、それは先輩にあるがままにされてもいいというメッセージだと受け止め、目の前に現れた先輩の伸びかけの坊主を、まじまじと眺めていた。


あなたに、今回のデートのことはきちんと報告済なのに、身体中のムズムズは全然取れることはなく、そのムズムズは聴覚の隙間からも侵入するほどのものだった。


髪の毛を下ろした私を、先輩は出会って間もない時から存分に褒めちぎり、私の髪の毛は喜んだように揺れ動き、フワフワと身体を落ち着かせるように、そっと肩に舞い降りた。


ゲームセンターにフラッと連れて来られ、煩さよりも何よりも、真っ先に瞳に映ったのは、ガラスに閉じ込められたアニメの可愛いフィギュアの箱だった。


さ迷い歩き、透明の向こうに居座るバウムクーヘンの四角い箱を眺め続けていると、先輩は素早く100円玉を入れ、息もつかぬ間に二回、立て続けにボタンを押した。


ボトンと音がして、先輩に促されて抵抗する取り出し口を押しながら、ツルツルとした箱を右手で掴むと、ずっしりとしたバウムクーヘンの存在感のある感覚が、右手を占領した。


柱に括り付けられている白いビニール袋がある場所まで近づき、束からひとつ引き千切り、横広の箱を押し込んで、そのビニール袋を控えめにグルグルと振り回しながら建物を出た。


「お腹の空き具合はどんな感じ?」


「はい、少し空いてきました」


「じゃあ、何か食べようか。菜穂さんは何か食べたいものある?」


「先輩の好きなものでいいですよ」


「パンケーキを食べる定番デートに憧れてるんだけど、いいかな?」


「あっ、いいですよ」


「良かった。あっ、トイレは大丈夫?」


「はい、今は大丈夫です」


「あっ、あのさ、お願いがあるんだけどいいかな?」


「何ですか?」


「先輩って呼び方を今だけ変えてくれないか?今日だけ、海原くんとか、遥斗くんって呼んで欲しいんだ」


「分かりました。じゃあ、遥斗さんでもいいですか?」


「うん、いいよ。ありがとう。あっ、ここ空いてるね、このお店入ろうか?パンケーキもあるみたいだし」


「はい」


「良かったね、すぐ座れて」


「なんかデートって感じがしますね」


「あの、これプレゼント。今日、俺とデートをしてくれたお礼。後で開けてね」


恋とは別ルートを行く想いを先輩に抱いてはいるが、元恋人からのプレゼントであっても、持っていると不快に思う人もいるので、私を想ってくれている先輩の目映いほどのプレゼントに、強い胸騒ぎがした。


暫く雰囲気にどっぷりと浸かりながら、新鮮なカップルらしい会話を嗜んでいると、通路から甘くて柔らかい香りが、堂々と運ばれてきた。


大きめの一口を、口一杯に押し込むと、生クリームやメイプルシロップの甘さのなかに、時折顔を覗かせる抹茶の苦味が、上顎にベッタリと張り付いた。


満ちたお腹で街に繰り出し、私の横を颯爽と歩く先輩の姿は、まさにスーパースターで、顔を手のひらで覆う少女たちが横を何度も通り、サッカーから離れた先輩の可愛さを幾つも発見することが出来た。


出会って間もない頃の先輩の態度は、いくら思い出そうとしても脳に再現することが出来ず、私にきちんと確認を取ってから行動してくれる、緩んだ顔しか今は見えない。


ショッピングという名目で行われているこのデートは、あなたとのものとは違い、導かれるような自然なもので、何の変鉄もない道を踏みしめることも、自然に出来ていた。


あなたにもされたことのないアーンを先輩にされたこと、先輩に求められて手を繋いでいること、などなどの事柄がこれから先、私の皮膚の感覚を麻痺されてくれるな、と願った。


あっという間に時は過ぎ、先輩の隣で見上げる月はボヨボヨにふやけていて、太陽もあなたも二度と昇って来ないような感覚が、周りの空気ごと渦巻いていた。


落ち着きがなく、言葉にならない音を発しているあなたの姿が今、目の前にあるはずの現実世界の何よりも濃く、鮮明に私の中に浮かんだ。


あの日、私が蹴ったボールがピタリと先輩の足元に収まったことで、何とも言えないもどかしさが身体に生まれ、それは今日のデートでも増大の一途を辿っていた。


先輩から危うさを感じることはすっかり無くなり、先輩の低音ボイスの震えが血管をブルブルと震わせ、最後のハグは頬と頬が触れ合い、ツルツルとした頬の肌触りが、心を気持ちいいくらいに撫で回してくれた。

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