#78 一つの歯車の重要性
チラチラと目を痛め付ける、観客のカラフルな洋服たちの前で、あなたの目線が私を貫く継続時間で、また私の必要性が心の中で増殖する。
私のクラスメートの言葉を200パーセントに変換して、それをまともに受け止めてしまったあなたの姿は、とても危なっかしいものだったが、フニャッとしているあなたの方がなぜか興味が湧いた。
選手が地面の砂をスライディングした時に響いた、足で地面を削る低い音により、あなたの手は上にビクッと上がり、私の身体はそれによって振られ、誰かの一番になっても、あなたの一番にしがみついておかないと意味がないと、改めて実感した。
サッカーを見ることが、以前よりもさらに喜びに変わっていて、何処にも浮気せず、サッカーを部活だけで頑張る先輩に、心がハートのカタチに変化することを、本能が始めようとしていた。
鼓膜に響くような笛が吹かれ、抱き合う選手たちの後ろにある砂混じりの風景は、輝きがあまりなく、完璧ではないこの世界と、先輩の奥の方に存在する泥臭さを物語っていた。
スポーツ施設で少し前に見かけた、萌那によく似た先輩のファンの女性が、このグラウンドにも姿を見せていて、その女性の揺れる赤いスカートが、グラウンドの先輩たちを私から隠すと同時に、私とあなたの呼吸も乱した。
涙で濡れているハンカチを取り出し、湿った手汗を乾いた面で拭うと、新たな気持ちが生まれ、スッキリとした感覚の皮膚になり、心の蟠りも洗われた気になった。
しゃがみ込みながら小さなファンに、父性を溢れさせて頭を撫でる先輩の姿が目線の先にはあり、それに被るようにして、こちらに向かってきた萌那は、干し梅を口に放り込みながら小走りをしていて、萌那の安心感が私に溶け込み、全身のパーツが少しずつ上昇を始めた。
「ごめんごめん。遅れちゃった」
「遅いよ。萌那、どうしたの?全然連絡取れないしさ」
「本当にごめんね。出発の時に手間取っちゃって。期待とか緊張で、スマホも忘れたりしてね」
「ハッ」
「玲音、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「先輩のこういう練習試合を見るのって、これが初めてだよね?」
「うん、そうだね」
「凄かったよね」
「うん。それで、また先輩のこと好きになっちゃった。前とは違う感覚なんだけど、好きなんだよね」
「でも、試合見られなかったんじゃないの?」
「結構見られたよ。菜穂たちを探すのが面倒だったから、とりあえず着いてすぐ、立ち止まって見てたの」
「そっか、良かった良かった」
「も、萌那さん。間に合って良かったですね」
「うん」
敏感さは無い方が二人を近づけることになるけど、馴染みきった大好きなあなたらしさは、もう離すことなんて出来なくて、好きという感情が私のココに存在してくれて、本当に良かったと感じている。
試合を終えて、浮き足立つ人や、飛び跳ねる人たちの中をゆっくりと進み、こちらに向かってくる先輩から、土や砂に成分がよく似た香りが、穏やかさと一緒に漂ってきた。
試合への集中から、歯に張り付くように微量の苦味を含んだ乾燥が、口内に纏わり付いていたが、それは先輩が目の前に現れてから、少量の甘味に変わった。
また、先輩を追いかけ始めた萌那の目線は、ずっと先輩の姿を隅から隅まで舐め回していて、優しい空に見合った柔らかな笑顔が、全体の風景として目を潤した。
ディフェンスが課題だったが、徐々に失点が減っていき、チームは勝利を納めることが出来て、今までよりもサッカーの何もかもを楽しんでいるような涼しい顔に、先輩は収まっている気がした。
先輩と萌那の後ろで、小さく映る少年の、控えめに輝く瞳を見つけて、私は先輩に断りを入れ、少年に近づいていき、小さな手を取って私たちの輪に、引き寄せながら歩を進めた。
その小さな手は、心を表しているように柔らかく、少年が信頼してギュッと掴んでくれていることで、手からは大量の幸せが溢れ出してしまいそうになった。
黒い猫が、颯爽とグラウンド横を走り回り、あなたはそれが見たくないのか、握ろうとする私の手を避けて、猫に背を向けるようにして顔を隠した。
試合が終わって少し経ち、憧れを前にした少年の瞳は、私なんて比にならないくらい、最高潮に光り輝いていて、今の時点では、少年の気持ちが一番理解出来るような気がしていた。
あなたは猫から逃げ疲れて、私にしっとりとくっ付き、細い身体の方が抱き付き心地がいいと感じたり、今の時を身体は楽しみ、そして喜んでいた。
試合からだいぶ経過したのに、先輩からは走り回ったことによる息遣いとは別の、大きな息遣いが聞こえ始め、先輩のサッカーでの重圧、私が先輩と仲良くする際の重圧、そして、私と付き合っているあなたの重圧の種類に、僅かな類似性を感じた。




