#73 運命の脆い糸
あなたとした久し振りのデートの余韻は、ラフな格好をした先輩がいるこのキラキラとした美しい風景に、すぐに掻き消されてゆく。
先輩はあなたと違って、私の瞳の奥に、視線を長い時間をかけてゆっくりと突き刺してきて、刹那の視線しか示さないあなたを、どこか神秘的に感じていた。
イヤホンから流れる歌姫の歌が、先輩と会うという運命的なシチュエーションを演出してくれていたが、そういうものに惑わされたくない私は、耳の入口にしていたフタをすぐに外した。
あなたから抱き付いてきたあの衝撃は、数分が経過して先輩と向かい合っている今でも、心臓の活動を程よく活発にし続けている。
天から溢れる優しい光が、揺れる草木をアスファルトに映し、ゆらゆらと揺れる透き通った光は、私の心臓の動きのように不安定だった。
少年に対して、少しユーモアを効かせていたあなたの和やかな顔が、自然と脳を巡り、先輩の明るい色のジャージ、先輩の整った顔、そして先輩のほぼ全てがぼやけて見えた。
私の宝物である、あなたが描いた似顔絵の紙を、ポケットでサラサラと擦り合わせてあなたと繋がりながら、私はあなたの心に問いかけるように、先輩と何気ない言葉を交わした。
右手では、あなたの私に対する気持ちの詰まった紙に触れ、左手では、あなたの右手に見立てた空気を掴み、先輩の正面からは少し身体をずらした状態で会話を続けた。
「あっあの、私の知り合いの少年が、先輩のこと大好きって言ってましたよ」
「本当に?それは嬉しいな」
「少し前までその少年と話していたんですけど、一回先輩と話したいって言ってました。一回その少年に会ってくれませんか?」
「うん、全然いいよ」
「ありがとうございます」
「あのさ、こっちもお願いがあるんだ。ずっと言いたかったことなんだけどね」
「なんですか?」
「友達として二人きりで、デートしたいなって」
「えっ?」
「あの、もちろん長木にも許可を取るつもりだから。友達としてもっと僕を知ってほしいんだ。長木がいると長木に気を取られるだろ?だから」
「今もずっとずっと玲音のことが気になってます。だから厳しいかもしれません」
「もう友達以上の感情は抱かないようにする。だから一度だけお願い。もっともっと仲良くなりたいんだ。もっともっと菜穂さんのことが知りたいんだ」
「萌那も一緒じゃ駄目ですか?」
「二人きりがいいんだ。じっくり考えてくれないか。最終的な答えはその少年と会った後でいいから」
「はい、分かりました」
あなた以外愛せないという事実に、心の弱い部分や相手の心情などが立ちはだかり、様々なものを許してしまいそうで、タピオカくらいある私の愛が、液体しか通らないようなあなたの細いストローに詰まる未来が、容易く予想出来た。
先輩がボソッと放った、萌那があなたのことを好きという情報に、そのことが先輩にバレていたという事実よりも、坦々と喋り続ける先輩の表情の方に鼻が反応し、少しむず痒い。
溢れ出す甘さの混じった微かな苦み、そして、口の寂しさやふわりとした感覚たちが、舌や唇などの口回りの動きを段々と活動的にさせてゆく。
私の心のように急に光を無くし、細い涙を数本流し始めた空に包まれるように、先輩は落ち着きのある笑顔で、私に明日までのさよならを告げた。
先輩の背筋が伸びた頼もしい後ろ姿に、このまま先輩に寄り掛かっていることへの不安、そして、昔と比べて背筋の伸びた、先輩の心に対する安心感が溢れ出した。
雨粒に頭を突かれても動じはしなかったが、メールで父に第一ボタンの予約を入れるという簡単な操作もごたつくくらい、先輩の言葉で頭がパンパンになっていた。
前髪を触ると、水分を含みクシャッと萎れていて、頭のてっぺんにある二つの角も、押し返す力をほとんど感じないくらいにまで弱っていた。
あなたが赤いシャツを着ている姿を想像しても、それが夢心地を飛び越えず、気が付くと、そこには空に着せられた赤いシャツがいて、それをマジマジと見つめていた。
あなたに想いを馳せすぎて、根のように地に足が埋まり動かず、暫く経過した瞳に映った雨上がりの冷えた月が、笑ってしまうほどの美しさと、私の人間性を浮かび上がらせた。
メールを何の躊躇もなく送れるのは、あの少年くらいだと気付かされ、心臓に熱が帯び、あなたと先輩に挟まれている私の脳と未来は激しく揺れていた。
あなたが家の前で、私に自ら抱き付いて来るだいぶ前から、もう途絶えていたあなたの声は、今現在も離ればなれの期間を継続し続けていて、今もどんどん更新され続けている。




