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#72 運命を蹴散らして

あなたとする久し振りのデートは、優しい太陽と優しい風に仰がれて、視界のほとんどがそよそよと揺れる、気分の良いものだった。


目的のアパレルショップへと、下がりきっていない眉毛で迷うことなく導いてくれているあなたを見て、あなたの巧さ溢れる脳にフラれる未来が、密かによぎる。


店に入ると、申し訳程度のクラシックと、粘っこさを予感させる甲高い店員の声が響き、持っている洋服が少なく、ほとんど黒しかないあなたに似合いそうな赤いシャツがあったので、すぐさま狙いを定めた。


あなたの手に、ほとんどの精神を集中させて、意識や感覚はずっとあなたと繋いだ手が中心になっていたが、それをサッと全身に向けて、ビビッと心を撃ち抜かれた赤いシャツを素早く買い、腕にぶら下げて店を出た。


あなたとデートをしているこの幸せな身体から見る、タピオカミルクティー多めの世界でも、教卓の前の席でいつも元気にふざけている女の子のことを、考えずにはいられなかった。


道の片隅の木陰で足を止めて休みながら、父の高校時代の第一ボタンを、あなたの無くなった第二ボタンとして使ってほしいと提案すると、あなたは私が言い終わる間もなく、首を縦に振った。


ゆったりとしたスカートのポケットを、何気なくガサゴソと探っていると、ヨレヨレした紙があり、広げるとそこには、あの日描かれたあなたの頭の中にある私の像がいて、それは薄い折り目と共に爽やかな笑顔を放っていた。


気が付くと空と共にあなたの顔も曇り始め、ただただ手を握り合いながら、単純作業をこなすかのように足をひたすら動かし、あなたを家に送ることに励んでいると、歩く道の先にサッカー少年の姿があった。


「こんにちは、少年」


「あっ、お姉さんこんにちは」


「サッカーは続けてる?」


「うん。将来はプロのサッカー選手ってもう決めてるからね」


「パワーはあって、あとはコントロールだったけど、あれから上達した?」


「どうかな?少しはしたかも」


「ごめんね。あまりサッカー知らないのに色々言って」


「いいよ、全然大丈夫だよ。それよりお姉さん?あの時のケガの痕はもう残ってない?」


「うん。もう綺麗になったから安心して」


「本当にごめんなさい」


「大丈夫だよ」


「ねえ?海原選手のテレビのヤツ良かったよね?取材を生で見てたけどカッコ良かったな」


「うん。あれでさらに有名になったよね」


「僕、海原選手と繋がりたいな。海原選手の大大大ファンだから」


「今度機会があったら、連れてこようか?」


「うん」


「あの。一緒にいるのが僕でガッカリしましたか?」


「まあ、少し」


あなたよりも先輩が好きな人もいれば、私のようにあなた以外愛せない人もいて、それが世界を潤滑に動かしているんだなと、すっかり納得していた。


少年の少年らしい爽やかな香りは去っていき、ずっと近くにいる馴染みの香りと、植物染みた香りが、その後ほんのりと掬い上げるように近づいてきた。


口を動かすという行為は影を潜めて、身体から甘さがほとんど無くなってしまった代わりに、ほぼ全ての甘さが舌を中心に回っているような状態になっていた。


心にも空にも湿気が籠り、あなたの身体にも熱や不安や恐怖などがいつもより籠っているように思えて、普段は目に入らない無数の小石を、眺めることに尽力するしかなかった。


見知らぬ美女と擦れ違った直後、胸から何かが沸き上がってきたとボソッと言い放ち、その後も可愛すぎると緊張で戻しそうになると、小さく溢したりするあなたがここにいた。


口数は増えず、足を動かすスピードを早めるあなたの横にしっかりとくっつき、そっと寄り添いながら支え、歩を着実に進めてあなたの家に近づいてゆく。


あなたの手からは、あたたかさやしっとりとした汗の他に、怯えるような小刻みな震えを感じ、そんなあなたらしさが今日は何だか、少し怖かった。


立派な瓦屋根、そして可愛らしい外観を持ち、目に馴染みきっているあなたの住み処が、左折した塀の向こう側から徐々に顔を出し、それを包み込むように、ゆっくり優しくまばたきを一回した。


あなたの家の表札が現れ、あなたの方をチラッと見てみると、もう二度と会えないかもしれないというような予感を感じさせる雰囲気を、あなたは強く身に纏っていた。


自信がサッと引いていき、それにより涼しさがポツンと皮膚や皮膚の下辺りに表れた直後、あなたが不意に抱きついてきて、二人きりになると抱きついてくることの増えたあなたを、身体は嬉しそうに受け入れていた。


あなたを見送り、前向きに進んで行こうと、イヤホンで大好きな歌姫の曲を流しながらひとりで歩を進め、この歌声なら不幸も悲しみも引き裂ける気がして笑顔になっていると、遠くの遠くの道の中央に、先輩がジャージ姿で立っていた。

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