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#71 天国と地獄と月とすっぽん

授業が終わった後のうっすらと陽が入る教室には、あなたと萌那がいて、そんな光景が、私の目の綻びを優しく優しく誘ってくる。


他の学校よりも遅めのテスト返しから数日、三月の雨が大好きな萌那は、陽が大人しくなり始めた美しい空を、優しい瞳を携えながら、暫くの間、見上げ続けていた。


風のささやきのなかに、風よりもか弱いあなたの声が響くように聞こえ、それはテストの点数への自信が表れるように、芯が通ったものだった。


あなたの手を握るという行為が、日常化したことにより、気を抜いている私がちらほらと様々な場所から顔を出し、それをあなたに纏わり付かせるように、ねっとりと指を折り握った。


あなたが鞄から取り出した、日本史と書かれた用紙に浮かぶ、100という赤い文字に、あなたの覚醒を予感し、萌那の0に近い数字が書かれた古典の用紙には、予想以上の結果となった萌那への驚きが溢れ出した。


下がり眉をしたあなたの問題用紙には、萌那の似顔絵らしき落書きがあり、それはギャルの特徴をしっかりと捉えて描かれた綺麗なものだった。


私と萌那に落書きを見せている間のあなたは、手に少量の汗を滲ませ、自分を落ち着かせるように、手の力を入れたり抜いたりすることを、黙々と繰り返していた。


美術の才能を発揮し始めたあなたは、萌那に促されて私の似顔絵を描き始め、数十秒経過してこちらに見せてきたあなたの絵には、身体が浮くほどの高揚感を与えられた。


「綺麗に描いてくれてありがとう」


「いいえ」


「本当に上手だね」


「はい、嬉しいです」


「あのさ、ずっと知らなかったんだけど、萌那ってそんな点数だったんだね?」


「そうだよ。でも大丈夫だから、なんとかなったから」


「そう、それならいいけど。ねえ、玲音?まだ痛い?」


「はい。でも大丈夫です」


「本当に心配で心配で」


「僕は誰も責めたくありません。前歯は欠けましたけど、目立たないので。そのことは、そっとしておいてください」


「うん、分かった。あっ、聞き忘れてたけど、白石さんにホワイトデーのお返し渡せた?」


「はい、遅れましたけど、渡せました」


「良かった。あっ、そうだ。私も玲音に本音をしっかり言うようにするから、萌那もそうしてね」


「私は玲音にはいつも本音だよ」


「それならいいけど。玲音?強くなりたいんだよね?」


「はい。強くなりたいと思っています」


「あの、ちょっといい?私、聞いちゃったんだけどさ。ある女子がね、菜穂といつも一緒にいる玲音のことが気にくわないみたいに陰で言ってたの。たぶん、菜穂に嫉妬してるんだと思うんだよね、このはちゃんみたいにさ」


「そ、そうなんですか?」


「菜穂はやっぱりみんなにとって憧れなんだね」


「どんな人?たぶん、同じクラスの人だろうと思うけど」


「声が可愛くて、元気にふざけてる感じがする子。あとはゴムで髪を束ねてたかな」


「あっ、同じクラスにいるよ。玲音、大丈夫だからね」


「あ、はい」


あなたの額や手のひらから、ジワッと浮き出た冷や汗の粒の数々は、鼻を歪ませるようなものではなく、鼻を膨らませるほど優しく綺麗なものだった。


少し前にあなたがくれた、高級さが抉ってくるような苦味のあるチョコレートと、あなたが買ってくれたクレープの甘さの感覚が、あなたの笑顔と共に口からは、すでに遠退いていた。


少しでも自信がつくまでは、ファンに近い感情から愛に近い感情に移行することは出来ないと、頼りなく漏らしたあなたによって、即席で作り上げられた私のニセの強い自信が、ただただ浮き彫りとなるだけだった。


テストの話はいつの間にか席を外し、授業中の席から見える左側から、一人いなくなったことにより広がった視界によって、少しだけ今の私の瞳も優しくなったような気がしていた。


薄くはなってきたが、消えるまで時間がかかりそうな痣、僅かに欠けてしまっている前歯、一定の間隔を乱している消えた第二ボタンなど、あなたには完璧さがあまり感じられなかったが、頭脳にだけは完璧さを少し感じることが出来て嬉しかった。


水を飲んだ後、布のないポケットをガサゴソと擦れるほど漁ったが、そこには何もなく、手のひらに乗り掛かるように居座るペットボトルの水滴や冷たさが、肌を少々ザワつかせた。


萌那が持参して机の隅に置いていた温度計が、嘘を吐いているとしか思えないほどの熱を帯びている身体は、何気ない会話で溢れた教室の熱をさらに上げてゆく。


私の前にある席の、渦巻き模様の机に置かれた三つの鞄に、それぞれ付けられたライオンのキーホルダーが、一ヶ所に集まって勇猛さを放ち、その中でも萌那のキーホルダーにいるライオンは、傷が全くない綺麗な状態で、一番堂々としていた。


紙にあなたが描いた私に、未だに浸っていると、マシンガンのような音が突然鳴り、私を連写している萌那のスマホのライトよりも、私にカメラを向ける萌那そのものの肌の白さの方に、目を奪われていた。


私の浮き沈みする感情を超越するような、あなたの暗闇での浮き沈みに喉が鳴り、あなたの絵に対する言葉の圧力だけが少しだけ、水面を突き抜けているように感じた。


前髪を掌で撫でるように梳かし、頭にある元気の無い二つのツノを奮い立たせ、口角を解すように何度も何度も上下させると、あなたの綺麗な瞳がしっかりとこの瞳に映った。

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