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#67 歌声の登り龍

ピアノの白と黒、先生の服にいる白と黒、そしてヘッドホンの黒と壁の白など、白と黒がほとんどを占めるこの部屋では、喉を気持ちよく、心地よく震わせることが出来た。


驚かない人として今、頭のなかで存在し続けるあなたと、久し振りにサッカーボールとのツーショットを見せてくれたあの時のあなたへ、心を込めた歌声を飛ばした。


小さい頃、小さい声しか出せなくて馬鹿にされていた私の声は成長し、今は勢いの増した声が、幼い頃に私を馬鹿にしてきた、私と同じ質を持った声を突き破るように伸びている。


私の歌声から、大きな音量というものを差し引いた時に残る優しさの成分が、あなたに届いたらいいなと思いながら、左手を上下に動かして、天に声を突き刺した。


あなたが落ち着くような白と黒はあるが、壁と壁の距離が近いこの空間、そして厳しい愛の塊が居座るこの空間は、あなたにとって、少し居心地が悪いことだろう。


黒に包まれた先生の、落ち着きのなかにいる美しさが少し窮屈そうにしていて、キリッとした表情は、褒めているときにだけ一気に緩み、花柄のような明るさを周りに放っていた。


ポケットに忍ばせてあるお揃いのキーホルダーに手を伸ばし、手の内側で、馴染んだ硬さや形をゆっくり時間を掛けて確かめながら、歌声を小気味良く、この空間に響かせた。


感じたことのないような、有りとあらゆる筋肉の悲鳴が私の喉を鼓舞していて、あなたの前で先日、やっと十八番のラブソングが歌えたことで、今は身体が、雲間のこぶし大の青空を羽ばたいているような状態に陥っていた。


「少し雑なところはあるけど、今日は完璧に近いわよ」


「ありがとうございます」


「心がいつも以上にこもっているように感じるわ。何か心に変化があったの?」


「特にないです。悩みが少し小さくなったくらいですかね」


「そう。表現力をもう少し磨けば、世界一の歌姫になる素質はあるから」


「本当ですか?ありがとうございます。嬉しいです」


「歌詞に込められた想いは確実に表現出来ているわ」


「あっ、はい」


「もう少しだから頑張りましょうね」


「はい」


「少し休んだらすぐ行くわよ」


「分かりました」


あなたの匂いによく似た、新品のリップクリームに口付けすると、唇から元気が漲るようにして、あなたが段々と満ちていき、私はゆっくり変化していった。


味の無い水を、様々な人生の味わいを秘めている身体の中心へと落とし込むと、その水によって膨れ上がった味わいたちが、段々と込み上げて来ているようだった。


多数派が正しいとは限らないこの世の中で、あなたに嫌いと言われること以外、もう何をされても何が起こったとしても、許してしまうかもしれない自分が、度を過ぎるほど恐ろしくて仕方がなかった。


あなたにとって私は、合唱隊の一員でしかないのかと、思わせるくらい反応が薄かったあの日の光景を、スマホ画面から瞳を通して脳に呼び戻す。


あの日の歌唱中に、あなたの苦労が刻まれた溝として脳に仕舞った、あなたの右手の親指の付け根に広がる多方向への斜線の連なりが、静かに蘇ってきた。


有名になる、世界中の人々を優しい気持ちにさせる、そしてあなたを包み込むように守ってあげたい、そんなことを思いながら、スタンドに支えられた銀色のマイクのザラザラを手に馴染ませていた。


あなたの天敵である音を、不特定多数の人物に届ける、歌手という仕事を目指して頑張っているこの状況に時折、胸がギュンギュンと縮こまることもあったが、無理やり吹き飛ばして回避した。


歌唱を再開する前にスマホで確認した、僅か一文で全ての物音からの遮断を誓ったあなたの言葉が、今になって視界も霞むほど肥大し、音が嫌になって部屋に閉じ籠るあなたの姿が脳にいた。


あなたの頼りなさそうに見える容姿が、一番かっこよく映る瞳を持っている私は、お互いがいなければ駄目な関係であることを願っているが、先生のキリッとした顔が目に入り、あなたのことを急いで隅に寄せた。


心を開きすぎると、耳や敏感さまで開いてしまうのだろうか、とあなたのことを思えば思うほど集中力は欠けていき、あなたの声の記憶を呼び起こそうといくら頑張っても、どんなに耳を開いても、全くこっちに来てはくれなかった。


二発目のくしゃみが予測できるようになったあなたのことを優しく撫でるように、あなたとの思い出をスルメのようにしゃぶり続けるように、私は一番最後に見たあなたを持続させながら、身体全体を使って声を整え、全てのものに心を響かせていた。

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