#66 繋がってゆく気持ち
あなたの黒いパーカーは周囲の明るさに映え、数人の若者に戦いを挑もうとする先輩が落とした黄色のボールは、緑色と黄緑色の地面に、吸い込まれるように紛れてゆく。
捲り上げられた袖によって、剥き出しになった先輩の腕と闘志は、先輩に導かれて後ろに引っ付いていった、あなたの倍ほどの迫力に満ちていた。
萌那が出すシャッター音が、私の耳に馴染んだだけではなく、あなたの耳にも、じんわりと馴染んでいる気がして、あなたは驚かない人として、そこに存在していた。
私たちも、続くように緑色に足を踏み入れ、真っ白のベンチに腰掛けて、優しい視線を送りながら、あなたと先輩に向けて、必死で手を打ち合わせた。
先輩から優しくパスされたボールは、あなたの足元にきちんと収まることなく、ぎこちない球捌きで、あなたから再び先輩に弱々しく返されていった。
若者たちが勢いよく向っていき、先輩とあなたはそれに正面から対しているが、あなたの物怖じした表情や、丸まった背中が、確実に不安を辺りに撒き散らし続けていた。
唇の潤いを、心の潤いと重ね合わせて考えている私は、またリップクリームをねっとりと口元に塗ったが、力が入り過ぎたせいか、手から伝わった気持ちの強さで、リップクリームは荒く砕けていった。
突然、私のことが大好きだと、抱きつくように甘えてきたこのはちゃんが、クリクリでキラキラな瞳を見せ、そのお陰で私の身体や心は、だいぶ滑らかさを取り戻している気がした。
「おにいちゃんカッコいいね?」
「どっち?」
「サッカーが上手い方に決まってるでしょ」
「そっか」
「あっ、すみません。このははミーハータイプなもので」
「全然、大丈夫ですよ」
「あの、私。菜穂さんに言ってなかったことがありまして」
「えっ、何?」
「私、実はバイト始めたんです」
「あっ、そうなの?このはちゃんのために?」
「はい、家族のためです」
「偉いね」
「いいえ、そんなことないですよ。普通のことですから」
「田中さん、私からも言いたいことがあるんだけどいい?」
「はい、いいですよ。何でしょうか」
「玲音が私のことを、自分の彼女として扱う責任から来る重圧で胸が苦しい、みたいなことを言ってきたんだけど、どう思う?」
「そうなんですか。難しいですね」
「でも、引き下がる気はないんだ」
「それでいいと思います。お互いにひとりだと駄目なタイプですもんね。二人ともお互いが必要なんですよ」
「そうだよね。ありがとう」
「ねえ、おねえちゃん?」
「何、どうしたの?このはちゃん」
「あのおにいちゃんとおねえちゃんと私の三人で、今度遊ぼうよ」
「先輩と私とこのはちゃんでってこと?田中さん無しで?」
「そうだよ」
「うん。まあ、考えておくね」
ただ驚いているだけのあなたではなく、若者を華麗にかわすサッカーのテクニックがある先輩に、愛しの視線を放つこのはちゃんの瞳で、私の中にそれなりに存在する嗅覚は絞られ、鼻腔が程よくむず痒くなった。
鞄に入ったペットボトルの水を取り出し、ぬるい舌触りと共に口に含んでから、ゴクリと飲み込んでみても、歯の隙間や口の壁に張り付いたドロッとした甘さは、僅かに漏れるだけだった。
あなたの周りを取り巻く、私以外の全ての女性がこのはちゃんのようだったら、他の全てのものは別として、あなたに愛を与えることに関してだけは独り占め出来るので、いいのかもしれない。
真剣勝負の傍らで、このはちゃんと田中さんと私でボールを蹴り合うことになり、ピンクの靴を思い切りボールにフィットさせて転がすと、運動音痴の田中さんはボールが来るだいぶ前にもう体勢を崩し、緑の地面にカクカクと崩れ落ちてしまった。
するとそこへ、勝負を終えて清々しい顔をしている先輩が近づき、お揃いのキーホルダーを握りしめているこのはちゃんを抱っこすると、先輩の顔には父性が溢れ出した。
先輩のことよりも、私はあなたばかり見つめてしまっていて、あなたが何気なく前頭部を触る仕草をする度に、私もお揃いの自分の前頭部をこっそりとさすっていた。
あなたといる幸せ、仲間といる幸せ、足の付け根に疲れの種が生まれた感覚などがここにはあり、そこから疲れの塊が一気に押し寄せて来て、私たちは怠そうに足を動かし、緑色をあとにした。
颯爽と緑色の上から出ようとする先輩に、髪色、化粧、瞳、性格など全てが明るく輝いている、萌那のような雰囲気の女性が近づいてきて、跳び跳ねるようにしながら、両手を差し伸べていた。
萌那はというと、カメラマンに徹し、口数少なく、空気のようにスマホの画面ばかりを見つめていたが、スマホの先にいる私とあなたの関係を、心から見つめてくれているような気がした。
やっぱりあなたのことを好んでくれないままのこのはちゃんは、先輩の名前を呼ぶことと、元気な甲高い声を出すことでほとんどのエネルギーを使い、歩いている間も、ずっと先輩にくっついていた。
次にボウリングをしよう、という私の案は却下され、下を見ていることしか出来なかった私に、先輩とのカラオケという未来が提案され、色々な意味で私の腰は引けていた。




