#65 優しさから生まれた静かなる激しさ
壮大な四角い建物が、私の瞳の中心を捉えたのだが、それは本来のスポーツ複合施設のイメージとは異なり、全く古びてなどなくて、溢れるほどの新鮮さを放つものだった。
足や瞳をあちこちに寄り道させながら、ゆっくり入り口まで進んで行くと、あなたが私服として着ている黒いパーカーが、さらに濃く、黒く染まり続けているように感じた。
スマホで写真を撮った時に鳴るシャッター音が、何処からか頻繁に聞こえてきて、子供達がはしゃぐ声、若者のテンションの高い叫びなどと同じくらい、私の耳に居座ろうとした。
電車と同じようなリズムで鼓動を揺らしながら、扉を通り抜けて足を動かし続けると、後ろから誰かに呼ばれ、私はあなたの手を握りながら、ゆっくりと首を後ろに向けた。
すると、そこにはスマホを私に向けながら駆けてくる萌那の姿があったのだが、あなたがまだまだ強すぎて、あなたへの好きを少しでもぼかそうと、景色が遮断されるのがハッキリと分かるような、惜しみない瞬きをした。
約束していた仲間が続々と姿を見せ、萌那、先輩、田中さん、このはちゃん、そして、あなたという大好きなみんなが、一度に視界に収まっている光景の鮮やかさが、キラキラと際立っていた。
リップクリームを塗る感触に飽きかけるくらい、頻繁に潤していた唇と、あなたと繋いでいないリップクリームを携えた器用すぎる手には、疲れの肌触りがした。
歩く私達の写真を何回も何回も撮り、すぐにスマホを弄ってSNSにあげる萌那を見て、どっちに萌那の心が存在しているのかが妙に気になり、心臓がフワッと浮き上がる感覚があった。
「おねえちゃん、大好き!」
「あっ、ありがとうね、このはちゃん」
「あの、先輩?テレビで放送されてから大人気ですよね?」
「あっ、まあね。えっと、田中さんだったよね?どうもありがとう」
「あの、先輩?これ、どうぞ」
「えっ、玲音くん。これは何?」
「あ、先輩、これは、みんながお揃いで持っているキーホルダーです」
「あ、ありがとう」
「玲音、それどうしたの?」
「先輩だけお揃いのキーホルダーを持っていないなと思いまして、萌那さんのものを買ったときに、一緒に買い足していたんです。渡すのは遅くなってしまいましたけど」
「みんな、お揃いだ。おにいちゃんってすごくいい人だね」
「そうだよ。玲音は凄くいい人なんだよ。だから、仲良くしようね」
「うん」
「ここの施設、初めて来たけど本当に色々あるね」
「うん。凄く広い」
「どのアトラクションがいいか迷っちゃうね。このはちゃんは最初、何がしたい?」
「うーん」
「このは?どこがいい?」
排気ガスのニオイなんて記憶から消えてしまうくらい、施設内の特に私の周りの空気は透き通っていて、煙さは鼻の中からほとんど消え去り、このはちゃんの存在が特に異彩を放っていた。
気が付けば、左手はあなた、右手はこのはちゃん、そして、口はこのはちゃんから貰ったカカオ多めのチョコレートに占領された幸せの世界にいて、ただただ幸せに占領されていた。
みんながお揃いで持っているキーホルダーのライオンのように、あなたの心が強くたくましくあってほしいと願っているが、あなたの心の奥の奥にあるものは、すでに今のままでも、誰よりも強いような気がしている。
最近、再び坊主にした先輩の頭を何度も、なでなでするこのはちゃんに、止めようとする田中さんの険しい表情と、私達や周りの人の笑った口が次々と生まれていた。
萌那は、ここがホームグラウンドというような笑みを見せてくれていたが、短い髪であってもあなたの頭にあるお揃いの瘤は見えず、見えそうで見えないあなたの本音とそれらを重ね合わせていた。
妹の扱いに慣れている先輩の優しさが、このはちゃんの前で駄々漏れになり、私の身体にはあたたかさが満ち、ひんやりとしていたあなたの手からは、生暖かさが優しく膨れ上がった。
なかなか最初の目的地は決まらず、疲れという目に見えないものが身に降りかかり、瞼はくっ付けられ、首は後ろに僅かに傾けられて、気付けば私は揺れ動く世界の上にいたが、そこには幸せな細胞しか存在していなかった。
室内だというのに、あなたの鼻の周りを派手な蝶が、まるで花と間違えているかのように優雅に舞い、そのすぐ横にいたこのはちゃんは、緑色の網や芝で囲まれた場所を眺め続けて一言、これっ、と大きな声を出した。
あなたの堂々としている耳と、爽やかさの象徴である短髪は、室内をふわりと通り抜ける風で包み込まれ、緑色を眺める先輩の両腕の袖は、一気に捲り上げられた。
隣の若者が放ったサッカーボールが、ネットに突き刺さった直後に膨れ上がった雄叫びにあなたは、ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字のどれにも属さない音を放ちながら、身体が斜めになり、支えようとした私の腕からもあなたの腕からも、全ての文字に属するような高い音が鳴った。
先輩の分かりやすい張り切り方、あなたの分かりやすい気持ちのガタツキ、先輩が専門としているサッカーという名のスポーツ、という何かが起こりそうなシチュエーションに、私は片方の手を胸に当てることしか出来なかった。




