#62 切り離したい繋がりたい
先輩の取材がテレビ放送されたことによる人気の産物か、校舎にいる人の数は明らかに少なく、教室も廊下も、いつもより数倍スムーズに歩けた。
所々うねったり、反り返ったりしているあなたの長い髪を見つめ、短くした時の想像を膨らせながら、暗闇にこれから飲み込まれていくであろう、校門をゆったりと通り過ぎてゆく。
遊園地デートよりも、映画館デートよりも望んでいた、私の自宅にあなたを招き入れるという行事に、自然が気を使ってくれたのか、風の音も木々の音もなく、存分に心臓の高鳴る音が剥き出しになっていた。
あなたに私の知人として話し掛け、さらにチョコまで渡したと思われる人物の候補である女性の横顔が、遠くの方で確認でき、私の周りを嗅ぎ回っているに違いないと確信し、見たくないので首をずっとあなたに傾けていた。
突如、難しいアルファベットの連なりや、カタカナの組み合わせが、黒い大群と称して脳内の瞳で暴れ出し、傍らではチョコレート色の影がぬるっと広がりを見せていた。
赤が目の前で光を放ち、両足を地面にベッタリとつけながら、萌那のSNSに投稿された私とあなたのツーショットを眺めていると、あなたの落ち着きがしっかりと写真に閉じ込められていて、様々な意味の中で、ゆらゆらと揺らめいた。
鼻と地肌がメインだったムズムズは、次第に範囲を広げ、膝の裏や目の周りまで飛び火し、私の掌を優しく癒していたあなたの掌から感じる感覚を、僅かに薄めた。
喉にも鼻にも目の表面にも、ザラザラとした物体がくっつき、それが全体的な身体の重さを引き起こしていたが、それを抜いても抜かなくても、あなたとくっついているだけで、現実に居られた。
「山崎さん、いい人だったでしょ?」
「あっ、はい。すごくいい人でした」
「ごめんね、いきなり会わせちゃって」
「いいえ、嬉しかったですよ」
「そう。良かった」
「少し怖かったですけど、山崎さんはとても優しい人でした」
「そう、安心した。あの、ねえ、玲音?」
「何ですか?」
「また、キスしたいな」
「ご、ご、ごめんなさい。そういう恋人同士がする行為には少し抵抗がありまして。またしたいとは、どうしても思えないんです」
「そ、そう」
「僕は自分があまり好きではないので、人のことも好きになりきれないですし、嫌いにだってなることが出来ないんです。やっぱり女性に可愛いという印象しか当て嵌められなくて」
「そうだよね。なんかゴメンね」
「いいえ。思い切り好きにも嫌いにもなれない人間が、一番たちが悪いですよね」
「そんなことないよ。それでもいいから今も一緒にいるんだよ。でもね、もう少し近づきたいなとは、正直ずっと思ってる」
太陽の薄れた、夕方特有の匂いに包まれて歩く道は、あなたの暗めの雰囲気に合致し、あなたの身体から放たれる甘すぎない匂いも、それにマッチして、なんだか無性に優しくなれた。
あなたの髪の毛をこれからカットするという重圧などで、口内にはパサパサ感や乾いた味が出現し、どんなに頑張ってもなかなか滲んで来ない唾液は、どうすることも出来ず、外部の水分を今すぐ流し込んで潤したくなった。
あなたの愛が世界一さっぱりしていたとしても、あなたの瞳の中心が私の瞳に映っていないとしても、僅かな波でも揺らめく脳を持っている私には、愛の平穏は皆無に等しい。
すれ違う数少ない人の中には、数字の7が大きく印刷されたTシャツを着た青年がいて、大好きなラッキー7の登場に、笑顔と期待がそれとなく溢れていた。
私の自宅に近づくほどに、あなたの顔の揺れや微動は大きくなり、欲の基準が高すぎる私が溶け込めない日常に、あなたに張り付く包帯や絆創膏は、素直に溶け込んでいるように見えた。
あなたの潤い過ぎている掌の皮膚を、同じような私の掌で包み込みながら、私の世界に引きずり込むような気持ちで、あなたを部屋に入れた。
耳元にダイレクトにあなたの声が届く電話、そして、あなたの瞳の一番近くに行くことの出来るキスでさえ、最近は断られ出来ていなかったが、部屋にあなたがいても身体の火照りが、行き過ぎることはなかった。
くすんだ赤いスイッチを押し、小さな画面から明かりが放たれると、それを追うように鳴った音の大きさに驚いて、あなたは飲んでいたミックスジュースを吹き出し、絨毯を濡らしてしまい、部屋一面がミックスジュース色に染まった。
あなたの薄い唇、下がり眉、細い身体などは、いつもより程度を増したように見え、上がったまま固定されているように見える両肩は、緊張と真っ白な頭が、あなたの中に存在していることを物語っていた。
騒音に曝され続けると、人はその状況を呑み込み、騒音色に染まっていくが、それと同様で私は、息の音を惜しみ無く放出するあなたの音を呑み込み、もう完全にあなたに染まりきっていた。
今日は父も母も、暫くの間は帰ってこないこの四角い箱で、何も隠すことなく、何も抑えることなく、あなたに全てのものを集めていくような気持ちで、行動を続けた。




