#61 初めましての美しさ
いくつもの医学書を開き、長方形の大きさを倍にし、捲ることを繰り返していると、難しさを纏った文字たちが目をガンガンと刺激した。
萌那は撮ったばかりの私とあなたのツーショットを、スマホ画面いっぱいに広げて、私に数秒確認させると、シャープな顎が隠れるようにスマホを持ち、色白の指を素早く動かしてSNSに載せた。
図書室に順応して、いつもよりもさらに小さくなったあなたの声は、雑音がほとんど存在しない分だけ、いつもよりもさらに透き通っているように思えた。
あなたの顔をチラリと見ること、そして、真っ黒に近いページをじっと見ることを交互に繰り返し、目や顔は常に縦横無尽に動き回っていた。
書籍たちが、もたれかかる茶色の机に馴染むようにして、あなたの落ち着きは増えていき、驚きの少ない風景が日常化していることが逆に怖くなり、ぎゅっと瞼を鼓舞した。
萌那の黒いカーディガンと白い肌のコントラストが、綺麗に私の瞳に溶け込むほど甚だしくて、あなたと萌那の身体から出ている活気が、近い位置に来ているような感覚があった。
パッと振り返ると、図書室の隅の席で眠る山崎さんが目に入り、あなたのふわりとした手をキツく握りしめて、手のひら一面であなたを感じながら引っ張り、山崎さんと接近させた。
肩をポンと叩き、起き上がった山崎さんからは、強い香水、長い前髪、不気味な瞳、学校一の美しさなどがだだ漏れとなり、それらが私のことを心臓中心にガダガタと言わせてきた。
「山崎さん?」
「あっ、菜穂ちゃん」
「玲音、この人は私の隣の席の山崎さん」
「あっ、こ、こんにちは山崎さん」
「うん。長木とは幼稚園からずっと一緒だったよね。あまり話したことはなかったけど」
「あっ、はい」
「私、喋るのが苦手で長木になんとなく近いものを感じてた。ずっと見守ってきたから、長木が菜穂ちゃんと付き合ったって聞いたときはすごく嬉しくて」
「あっ、ありがとうごさいます」
「山崎さん。この前、東京へ向かう電車でまたまた会ったんだよね」
「そうなんですか」
「うん。東京へ買い物に行った時にね。あっ、じゃあ私、用があるから行くね」
「じゃあ、またね。あっ、そういえば玲音、私の歌唱動画みた?この前送ったやつ」
「まだ見てないです」
「そっか。まあ、いいや。ねえ、今度二人でどこか行きたいね」
「そうですね、どこか行きたいですね」
「あっ、そうだ。その前に今日、玲音の髪切ってあげるよ」
「えっ、今日ですか?」
キスも電話も長い間拒み続けているあなたの、私に対する嫌の切れ端や、大惨事の予感たちが、最近の私の鼻と地肌を、ずっとムズムズと擽り続けているような感覚があった。
席に戻り、頬張った萌那から貰った干し芋からは、甘さ以上に硬さを感じ、優しい甘さはあなたから感じる甘さのすぐ下を行く、物足りないくらいのものしかなかった。
あなたの近くにずっといる、私そのものだけでなく、私の心もあなたの心に近付こうとしていて、あなたの行動や言葉のひとつひとつに、爆竹のような衝撃を抱いていた。
コンビニで買った、あなたとお揃いのミックスジュースを、ペットボトルの水位が急に沈み込むくらい、勢いよく流し込んでいると、あなたと目が合い、精一杯の可愛い顔を作って控えめなウインクをした。
あなたのあちらこちらには、包帯と絆創膏があしらわれており、あなたの一部として、あなたの特徴として、それをすんなりと受け入れている私がいた。
性能のいいツインテールであっても、あなたの驚きの予兆を受信することは、ほぼ出来やしないと肩を落とした時、ツインテールの片方が、僅かながら暴れたような気がした。
口角炎の魔物が、いつまで経っても痛みを放ることを止めず、しつこ過ぎるというのに、そのしつこさを分け与えたいくらい、あなたの私に向けられた愛情はさっぱりとしていた。
愛しの数字である7が、スマホに映るデジタル時計の右端から、一瞬で消えてゆく寂しさが心に浮かび、10秒後にまた表れる期待感がそれを一瞬で消してゆく。
萌那の気持ちが、あなたではなくバイト先に向いていること、萌那とは悲しさを舐め合った仲であることなどを、必死に心で唱え、萌那の美しさを保とうとしていた。
あなたが倒れそうだったから支えた、その後しばらく抱きついてあなたを落ち着かせていたという、それらの萌那が発した言葉が未だに脳でざわつき、歌姫願望溢れる血も次第に騒ぎ始め、歌声で静けさを震わせたくなった。
私の家で、あなたの鬱陶しい髪の毛や、モヤモヤを早く切り離したい気持ちを胸に携え、廊下で繋いでいたあなたの手を潔く離し、ゆっくりと自分の教室に足を進めていった。




