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#52 こころのあなたと二人きり

淡い水色のシーツ、鮮やかなスカイブルーの毛布、机に置かれたハッキリと存在感をみせる青色のスマホケース、そろのグラデーションに酔っていた。


心臓に弱さはあるがとても強く、心臓が止まることはなく、心臓の病で亡くなることもないあなたの、驚きながら恥ずかしそうに喋る姿を頭に浮かべながら、あなたと言葉を交わした。


あなたと電話でずっと繋がりながら過ごす幸せな時間が流れ、質量が少なく響きに欠けるあなたの声が、しっかりと私の心を捉えてきた。


ザラザラとした黒い革に包まれたコンパクトな本を、あなたから漏れ出す全てのものと同じく、丸みと柔らかさしかない絨毯からスッと拾い上げた。


ピカッと光る文庫本の表紙を一枚捲ると、そこにはボサボサ頭に普段着で写る面長の作者が、飄々と四角い枠に嵌められており、作者が着ている縞々のシャツが、あなたのお気に入りのシャツに似ていて、思わず笑みが溢れた。


明かりが付いたままのデジタルカメラにいる、生きがいい先輩の笑顔が私の瞳を刺激し、表舞台で光る先輩と裏でひっそり輝くあなたを比べてしまっていたが、サッカー少年にも先輩にもあなたにも、全て同じ種類の頑張れを心に抱いていた。


ここは空気を浄化してくれる樹の形をした紙切れのある、清い部屋であるにも関わらず、あなたがいないことで鼻は汚い空気しか感知出来ず、あなたは私の吸い込む空気を全て綺麗にしてくれる存在だと気付かされた。


本に印刷された文字を流れるように読むにも、頭にはすでに大量のあなたが詰め込まれていて、目はあなたに関連するものを求めさ迷い、あなたが好きなミックスジュースにはない果実の甘さが残る舌だけが、あなたを感じさせなかった。


「先輩は私のことまだ諦めてないみたいだけど、私には玲音しかいないからね」


「あっ、はい」


「先輩はちゃんと、私と玲音のことを応援してくれているみたいだよ」


「僕よりも先輩の方がいい人です」


「えっ?」


「僕は全ての項目において先輩に劣ってます」


「そんなことないよ。少なくても私にとっては違うから」


「自分に自信なんて少しもないんです。自信がないから逆に、自分を好んでくれる人にはみんな好意を持ってしまうといいますか」


「私も自信なら無いよ」


「ほ、本当ですか?」


「うん。でも、私は悪い想像や考えはもうなるべく持たないって決めたから。だから玲音も前向きに考えてね」


「分かりました」


「いつも遠ざかろうとするけど、大丈夫だからね。玲音がいない方が楽なときは一瞬くらいはあるけど、玲音の瞳にだけ映っていたいの」


「あ、ありがとうございます。あの、菜穂さん?」


「何?」


「少し前に菜穂さんの知人だっていう女性から話しかけられました。特に何を話したかは覚えてませんけど」


「えっ、私より年上?年下?」


「あっ、たぶん同じくらいの年齢の女子高生だったと思います」


ある特定の女性が私の知人としてあなたに近づき、あなたを陥れようとしているような嫌な予感はしたが、なるべく考えないようにして、見えないあなたに向けて電話越しに、音が鳴り響くくらいの豪快なぶりっこウインクを放った。


あなたを想い続けるという気持ちは、何十本もの釘で心に打ち付けられていて、快感を覚えるほどの愛の刺激が胸を走り続け、口角炎までつられて疼き続けていた。


危ない橋を渡りたくなってしまったから、危うさを感じ取って胸が騒いでしまったから、それらがあなたを好きなった要因ということは全くなく、そんなことは私が誰よりも一番分かっている。


白壁にある僅かな黒ずみや、部屋に散らばる黒色が視界の隅の方でチラつくなか、鞄についたキーホルダーや、手元のスマートフォンなどの、あなたが溢れるものだけに視線を集めていた。


スマートフォンに残る長髪の先輩が一枚だけ姿を現し、先輩の生きている世界は、今の先輩のような謙虚さが浮く世界なのかもしれないと、少しの懐かしさと少しの罪悪感を含んだざわめきが、わさわさと立った。


情熱あるメロディーが爆音で流れていようと、隙間なくイヤホンのぷにぷにが密着していようと、肌をすり抜けるように私の身体にスッと入り込んでゆく、それが今聞いているあなたの唯一無二の声だ。


他愛もないあなたとの会話のなかでも、耳回りや襟足に張り付くような殺気、まとまった毛に延々と頭回りを擽られているような寒気などが覆い続き、敏感さはあなたに似てきたような気がしていた。


動きのない掛け布団、ガチガチに固まり続ける机、光をただただ与えてくる輪状の照明、その中で反り返った雑誌の表紙の左角と私だけが、強く上を見上げていた。


あなたの分身として部屋にいる、あなたがUFOキャッチャーで取ってくれたクマさんと、話をしている感覚であなたにずっと喋りかけ、鞄にいる小さなクマのぬいぐるみよりあなたに似ているそのクマさんを、ずっとずっと眺めていた。


精一杯の力を込めて両手で天を掴むように腕を伸ばすと、二の腕付近から骨の軋む音がしたのだが、それを完全に無視して最大限まで心と身体を広げきった。


首の後ろを掴まれたように野太く広がる疲労の集合体が、頭の可動域や足の可動域まで狭めようとしてきたが、あなたへの可動域を広げるようにして騒ぐ私の愛だけは、心の奥でパチンと勢いよく弾け渡っていた。

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