#49 捻っても出ないアイデア
校門に隠れていた私の目に、あなたと共に笑う女性の目線がぶつかり、先輩と萌那のことを考えている余裕も、ニキビや傷の痛みに構っている余裕も、ほとんど無くなっていた。
何かあるといつも遠ざかろうとする、あなたとのギクシャクした関係を忘れてしまうくらい、あなたのシルエットを追いかけてしまう私がいて、そんな私をあなたの目が捉えはしたが、なぜかいつもの驚いて口を縦に大きく開ける表情は無かった。
心の音であるかのように、鞄に付けたお揃いのキーホルダーと、その仲間達がカチャカチャと音を立て、私は隠れることを止めて、少し遠くにいるあなたの瞳に姿を露わにした。
あなたの心にまた近づくアイデアは見つからず、今は握りしめている、冷たくてツルッとしたスマホの画面にあなたを映し出して、それをただ撫でることで精一杯だった。
瞬きをしている間にも何かが起こる気がして、あなたとの幸せな日々も途切れてしまう気がして、女性と共に僅かに微笑みながら距離を詰めるあなたを、瞬かない目で見つめ続けていた。
あなたの頬にキスをする女性の画が脳内に流れるなか、苦痛を感じて後ろを何気なく振り返ると、いつも見つめられてばかりの左隣の男子が、突っ立ちながら今日も遠くから私を見つめていた。
様々な冷たさで、鼻腔の下部がピリリと喚き、目に近い位置の鼻腔がツーンと痺れ、それらを縫うようにして、のど飴に含まれているハーブが鼻の天辺を励まし、決意で燃え上がっていった。
二人が目の前に到着すると、口内の水分はカラカラに引き、不快な味は満遍なく満ち、口の上面と下面が吸い付くような状態に陥り、それはしつこく離れようとしなかった。
「菜穂ちゃんでしょ?玲音からたっぷり話は聞いてるよ。写真では見てたけど、写真の何百倍も可愛いね?」
「あっ、ありがとうございます」
「私が誰だか分かる?初めて会ったけど想像はつくよね?」
「アメリカ帰りの友達か何かですか?」
「違う違う。玲音にそんな友達がいる訳ないでしょ。菜穂ちゃんって本当に面白い人ね。私のこと玲音から聞いてると思うけど」
「えっと、どなたですか?」
「そっかそうだよね。全然似てないから姉だって分からないよね。ほとんどの人に姉だって気付かれないから、まあいいけど」
「あっ、ごめんなさい。お姉さんでしたか。初めまして」
「初めまして。よろしくね」
「この人は僕の姉です」
「実家にはちょくちょく帰省してるんだけど、今も実家に帰ってるところなんだ。今日は玲音が心配だから車で迎えに来ちゃった。普通の男子だったら迎えには来ないけど、玲音は敏感過ぎるからさ」
「そ、そうでしたか」
「あっ、ちなみにちゃんと血が繋がってる兄弟だからお間違いなく。目元とか髪質とか結構似てるでしょ?」
「あっ、はい。お姉さん、あの?玲音の頬にキスしてましたよね?」
「ああ、久し振りに会ったから嬉しくなっちゃって。驚かせちゃったかな」
「大丈夫ですよ」
「それならいいんだけど」
「ねえ、玲音。今日はマスクしてないんだね?した方がいいよ」
「はい、今日はしてくるの忘れました」
「首は大丈夫になった?」
「はい、だいぶ良くなりました」
「二人とも少しよそよそしいよ。ねえ、何かあった?今日初めて会ったみたいな感じで話してるからさ。あまり深い感じがしないよね」
「何もないです。私はそろそろ帰りますね」
「それデジカメでしょ?私たちのこと撮ってくれる?一枚でいいからさ」
「あっ、はい。分かりました」
シャッターを押して、会釈をして、すぐに足を動かしたが、足を力強く蹴っても、足を素早く動かしても、足を遠くへ遠くへ降ろそうとしても、進んでいる気が全くせず、茂みのような場所で立ち止まり、そこにあった大きな石に腰掛けた。
止まっても、足を鼓動とほぼ同じ間隔で一定に刻み続ける私がここにはいて、その足を止めてしまったら生きた心地まで消えてしまいそうな気がして、自然と足は時を刻むことを止めずにいた。
あれだけ長い時間をかけて、あなたの唇を奪った私には決してすることの出来ない、あっさりとしていてあなたの心臓がザワつかない優しさ溢れるキスを、普通にしていたお姉さんに、憧れる気持ちがニョキニョキと芽生えてきた。
下を向いて考える私の視線の先では、大きな胸の膨らみがどっしりと存在感を放っていて、相手がお姉さんだったことへの安心、私を優しい瞳で見てくれていたあなたへの期待、あなたへ近づききれないことへの不安、お姉さんより頼りにならない自分への苛立ちなどが、膨れ上がっているようだった。
綺麗な歯並びをして、前髪を掻き分けている可愛いあなたを思い浮かべていると、怪しい瞳をし、ボサッと前髪を下ろしている左の席の男子の覇気を失った顔が、風のように前を通り過ぎた。
イヤホンから流れるリズミカルなドラムの音が耳一杯に暴れ、それは少なくなった不安をひとつ残らず叩いて消滅させてくれるような、衝撃のあるドラムだった。
決して真っ直ぐにはならないイヤホンコードのうねりが、未来へ続く道順に思えて、両手の指にコードが食い込むくらい引っ張り、真っ直ぐに近づけた状態をずっと保ち続けた。
気が付けば辺りは真っ暗に近い状態にまで黒さを深め、あなたとの素敵な未来が想像出来るまで、惜しみなく瞼を閉じ続けた。
数時間前までは項垂れていた私の目も、デジタルカメラも、段々と息を吹き返してきていて、それらは先程の落ち着いたあなたと、活気溢れるあなたのお姉さんを、しっかりと映し出していた。
笑顔になろうと口角をグイッと持ち上げようとしても、口の隅に出来た魔物によって、集中を途切れさせるほどの痛みが走り、十分な笑顔は表れなかった。
仄暗い腹の底から決意の根元が呻き、寝相が悪い子供のように、腹のなかで何かがひっきりなしに微動を続け、突然不意に、母の料理が恋しくなってきた。




