表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/100

#46 キスの後の教室

あなたと唇を合わせてから、視界を瞼で遮断する回数は限りなく少なくなったが、私の頭上にある蛍光灯のまばたきは今、途轍もなく激しい。


世の中に溢れる防犯カメラや、人の目も気にならないほど、大胆になっていた私の満足そうな真顔が、手元で光を無くしたスマホの画面へと映っていた。


気を失い倒れはしたが、あの日あなたと唇を重ねられたことに喜びを感じ、教室で揺れる声のノイズや、あらゆる物が床を擦る音などが、やけに心地よく聞こえていた。


セカンドキスへの期待や、生活という形式で恋したいというような想いが、ハンドクリームの艶やかなバラの薫りに彩られて、麗しく光輝いていた。


休み時間だというのに、窓の向こうの僅かな雲は忙しなく働き続けていて、心を丸写しにしたようなカラスの飛び交う、青らしい青空がそこには広がっていた。


口が寂しくなり乾燥ウメを鞄から取り出して見つめると、その何とも言えない歪な形状に、あなたの頭にある凸凹を思い出し、あなたの不安な顔がパッと脳裏に浮かんで来た。


乾燥ウメを頬張って噛み締めれば、ざらざらとした舌触りが善戦したあと、蜂蜜の甘さと、脳を縮こませるような酸味が滲み出てきて、私に元気を与えてくれた。


気が付いたら、耳たぶや鼻先をしきりに触っている私がいて、ヒヤッと冷たい左手と、やたらと熱を帯びている右手を合わせてみると、温度差で両方の手が飛び上がるほどの驚きに包まれた。


蛍光灯に照らされた空気の通り道に、微細なホコリの切れ端が泳ぎ、普段は見えない細かなものまで探したり、自然と追いかけたりするようになっていた。


袖のほつれ糸がやけに目につき、手首のほくろの存在を初めて認識して脳に刻み、制服のボタンの不規則な模様も自然と目に焼き付けていた。


悲しみと嬉しさの間を高速で走るジェットコースターのような私は、あなたのための行動ばかりを実行していて、今は平たい箱からあなたを探すことだけに、親指の全エネルギーを費やしていた。


あなたの頭の瘤よりもくっきりとした、小さな凹凸がある私の頬から、ふわふわとした刺激が溢れてきたのだが、それを溜まったストレスを外部の人に伝えるサインだという風に、身体が勝手に解釈していた。


磁石とは反対の作用が働いて、AB型とAB型が引き寄せ合ったのだと私は信じていて、良いレアケースと悪いレアケースだったら当然、良いレアケースの方が良いと断言できる。


ハーブのど飴を口に入れて転がすと、鼻に空気がスムーズに通り抜けるようになり、阻むモノの存在を小さく感じられるようになった。


飴が溶け去った後のハーブが促した、蜜を水で何十倍にも薄めたような、唾液の点ほどの小さな甘さで、口内一面はいっぱいとなっていた。


もう忘れることのない、あなたの唇の皮膚の柔らかさにずっと浸っていたが、休み時間の私の教室に萌那が訪ねて来たことで、あなたの唇の感覚から一瞬で遠退いた。


「菜穂?キスでアイツを殺そうとしたって本当?」


「えっ、いや、違うよ。何で玲音が気絶したこと知ってるの」


「私とアイツは仲がいいからさ」


「そっか、そうだよね。それで、何か用?わざわざ私の教室に来るくらいだからさ」


「キスのことを聞きに来たに決まってるでしょ。菜穂、唇に何か塗ったりしたの?」


「リップしか塗ってないよ。気絶したのは、まあ、追い詰めすぎたというか、そんな感じだから」


「アイツはキスもまともに出来ないんだね。アメリカに生まれてたら大変だったよね」


「アメリカは挨拶でキスしたりするからね」


「ここがアメリカだったらどうしたんだろう」


「そんなこと別に考えなくてもいいでしょ、萌那」


「じゃあ、アメリカ人女性がアイツに近づいてきたらどうする?」


「近づかないように祈る。フレンドリーなアメリカ人が玲音に近づきませんようにって」


「そっか、私も祈っておくよ。あっ、言い忘れてたけど、菜穂、キスおめでとう」


「あっ、うん。ありがとう」


「ねえ、アイツ、小指ケガしてたよね」


「小指はぶつけて折っちゃったみたいだね」


「菜穂がアイツの指を噛んだって説もあるんだけど」


「何それ?そんなわけないでしょ」


教室いっぱいの固定観念を持つ、ミーハーの萌那が着ている制服の裾と、丈の短いスカートの裾は、踊るように、あなたに恋する心から離れるように、激しさを帯びていた。


喋りながら干しイモを頬張る萌那の金髪からは、何となく明るさが減った気がしていて、顔は私と同等のナチュラルさまで落ち着いてきていた。


鳴り響いた、この休み時間終了のチャイムが、私とあなたの幸せの幕開けを告げるチャイムなのか、私とあなたの幸せの閉幕を告げるチャイムなのかは、全存在が知る由もない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ