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#42 夕日が沈んでも沈まないもの

家にあなたを送る途中、ベンチに身を預け、公園で遊ぶサッカー少年たちを眺めながら過ごしている今、コンビニの店員さんがあなたのお母さんであるような気がして、仕方がなかった。


鞄からデジタルカメラを取り出し、デジタルカメラ越しのあなたを覗くと、あなたはずっと前髪を嫌って、サイドへサイドへと手で掻き分けていた。


ボイストレーニングは時間の変更と削減をし、あなたと逢う時間が増え、ピアノの音よりもあなたの声の方が耳に通る日々は続いていたが、サッカーに未練を感じているように漏れるあなたの息も、ずっと私の耳を通り抜けていた。


すべすべに移りゆく手から放たれているバラ色の薫りは、あなたが私に与えてくれたほんのりと甘いバラ色の薫りは、冬の終わりに近づく匂いにホワッと溶けていった。


普段決して口に入ることのない髪の毛が口の中へと侵入し、突如として違和感が駆け回り、繊細な感触と些細な不快感が舌へと伝わってきて、あなたにとっての私はその髪の毛のような存在に過ぎない、という思考がパッと浮かんできていた。


膝の上に取り出した厚い手紙を皮膚で感じ、絶え絶えの会話も愛おしく受け止め、一つの手袋に囲まれた二つの暖かな手は、ハンドクリームのお陰で前よりもしっくりとそこに収まっていた。


ふと上空を見上げると、白い無数の線の橋が綺麗に掛かっており、最近はやけに蜘蛛の巣が目立つな、と和みに耽っていると、少年が蹴ったであろうボールが、もうそこまで迫り来ていた。


ボールに驚いたあなたに押されてベンチの角で頬を切り、硬い地面に投げ出されて、痛みや熱が頬を渡るなかで、あなたは自らの後頭部付近の空気を両手で握るような仕草をし、口をうっすらと開けていた。


「ごめんなさい。お姉さん、大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


「本当にごめんなさい」


「大したことないから。コントロールは悪いけど、パワーはあるね」


「あ、ありがとう」


「将来の夢はサッカー選手?」


「うん、そうだよ。プロのサッカー選手」


「頑張ってね、応援してるから。これからも気にしないで、思い切り蹴っていいからね」


「うん。お姉さん、ありがとう」


「あの、菜穂さん。本当にすみませんでした。全部、僕のせいです」


「そんなことないよ。ボールからは守ってくれたから。私が玲音くんの代わりに怪我したと思えば、全然痛くないよ」


「菜穂さんには何回も怪我させてしまったり、迷惑かけてばかりで」


「私は玲音くんを守りたいの。何も気にしないでいいの」


「あっ、ハンカチハンカチ。気が利かなくてごめんなさい。はい、どうぞ」


「ありがとう、玲音」


いつでも拝めるように、鞄にぶら下げてあるお揃いのキーホルダーは、常に存在感を放っており、差し出され頬に当てたハンカチと、しっかりと謝るあなたの優しさは白色をしていた。


地べたに座り込んでいる私に、ほぼ初めて手を差し伸べる仕草をしてくれたあなたは、目を閉じた顔がハッキリと私の目に焼き付くような、ゆっくりとした、時間を掛けたまばたきをしていた。


あなたからは、誕生日にあらゆるアクセサリーがあしらわれたクマのぬいぐるみまで貰い、気分が晴れたり曇ったりと、喜びと悲しみの振り幅が大きく、心の天気は今もコロコロと変わり続けていた。


黒目をしきりに動かし、あなたの顔や手を見て、落ち着いていることを再度確認すると、細めた唇から息をスーッと吐き、うずくまる手袋の横から萌那に貰った手紙を拾い上げた。


頬のズキズキとする痛みは、恋心が化けたものと解釈して受け入れ、じんわりと暖かさを放つ頬から、ゆっくりとハンカチを離していった。


ハンカチのサラサラは去り、萌那からの分厚い手紙を指で感じながら読んでいると、相変わらず家を留守にして萌那には無関心な両親と、その中にいる萌那のことが思い浮かんだ。


ふと思い出し、大事にベンチに置いていたプレゼントが入った紙袋を手繰り寄せ、細いレディースのパンツと、穴があいているタイプではないベルトの入ったそれを、最近また痩せたあなたへと差し出した。


あなたは嬉しそうに笑い、しばらく他愛もない話をしてから立ち上がると、真冬の寒さ戻りのせいか、背後から押し寄せる不安のせいか、背中が猫のように丸まった姿で、そそくさと歩みを進めていた。


薄暗いなかで、頬を心配そうに、恥ずかしそうに覗き込むあなたを見ていたら、咄嗟に息を止めてしまっていた。


あなたの身体や衣服、装飾品から漏れ出る柔らかい匂いよりも、頬に纏わりつく赤のニオイの方が強く、うっすらとした赤の膜が鼻に覆い被さっているようだった。


ゴメンという後ろ向きな言葉の連呼とは裏腹に、息遣いも心臓の音も、私へ続く道のりも、前へ前へと進んでいて、愛は沈まないものなのだと確信した。

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