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#41 割れないハート

毎朝欠かせないヘアアイロンで、シュッと伸ばされた前髪と、玄関のドア越しに見える今の風景に、愛しいあなたはいない。


立ち止まってデジタルカメラを覗いてみたが、あなたがフレームに収まっていない平凡な場所である限り、シャッターを切る指は進まない。


あなたが驚くような、近くを走り去る車のエンジン音も、頭上の電線に止まるカラスの喚き声もなく、静けさがただただ主張していた。


用事があると言っていたので、今日はあなたと会うことが出来ないが、頭のてっぺんから足の先までケアを怠っていた私の身体を、あなたに貰ったハンドクリームのバラの薫りが包み込み、それだけであなたに包まれている感覚がした。


あなたのことを考えすぎてお気に入りのお皿を割ってしまい、お皿の僅かな変化で味がガラリと変わることに気付き、味を美味しく変化させる100円ショップで買ったあの皿を求めて、歩みを進めていた。


歌声のための筋トレで生まれた、あなたに見せる予定の無い、筋の入ったお腹を触り、今朝も握り締めて寝ていたお揃いのキーホルダーを、握り締めるとあなたを感じるので、今も大切に握っている。


ビルのガラスは、あの時よりも清潔感のある私を映し出していて、扉へと歩みを進めると、自動ドアが思ったよりも遅く開き、頬の横ギリギリをサッと通り抜けていった。


右から順番に目を付けようと、店内に入ってすぐを右に曲がると、そこにはあなたの家の近所にあるコンビニの店員さんが、お皿と共に立っていた。


「お嬢さん?」


「あっ、こんにちは」


「久し振りですね。コンビニでは最近見かけませんでしたから」


「あのコンビニは家から少し遠いんです。だから行く機会がなくて。今日、コンビニのアルバイトは無いんですか?」


「アルバイトまではもう少し時間があるので、お皿を買いに来たんですよ。息子がよく皿を割ってしまうので」


「私もお皿を割ってしまって、買いに来たんです」


「偶然ですね。あの、お嬢さん本当に可愛いですよね。本当にお嬢さんを私の息子のお嫁さんにしたいくらいですよ」


「あ、ありがとうございます」


「でも、釣り合わなくて苦労するだろうし、それに不思議な魅力を持っている彼氏さんがいらっしゃるんですもんね?」


「あ、はい」


「今日も、その彼氏さんとは一緒じゃないんですね」


「用事があるみたいで、今日は一人なんです。あの、息子さんの体調は大丈夫なんですか?」


「はい。だいぶ安定しているので、大丈夫ですよ」


「そうですか。良かったです」


「お嬢さん、近くに来る機会があったら、またコンビニに寄ってくださいね。では、また」


「はい」


店員さんの息子さんとあなたが目の奥で重なり合い、あなたが私にプレゼントしてくれた、あなたとお揃いの新しい鞄と、一緒に貰ったその中に入れられたハンドクリームを見つめて、少しの間ニヤけていた。


フレンドリーにハキハキと喋っていたコンビニの店員さんに、あなたの断片を感じ、あなたがお喋りだったらこんな感じだろうなと思うくらい、目元が本当にそっくりだった。


夢の中にいるときの、私の自尊心はあんなに群を抜いているのに、現実の私の、特にあなたの前での自尊心はシュッと萎んでいて、ずっと下を向いたままだった。


あなたによって様々なものが目覚め、前より更に行動的になった私は、立て続けに割ってしまった、あのお気に入りの100円皿を見つけて、迷わず10枚まとめて手に取った。


レジでお札と小銭を準備し、待機していると、突然背中の左側にある折れた羽がズキズキと規則的に疼き、洗濯物はすぐ乾かないというのに、私の心臓はすぐに乾いてしまっていた。


あなたが驚いてよろめいたときに、それを支える手のひらのように、渡されたビニールの袋が皮膚にずっしりと来て、この潤った手で、あなたの手を今すぐに握り締めたくなった。


外の世界に出ると、100円ショップがある路地裏には、数匹のネコが練り歩いており、狭い建物の隙間や電柱の陰には、蜘蛛の巣がひっそりと潜んでいた。


今はデジタルカメラに閉じ込められたあなたを確認することだけしか出来ず、不満足感は突っ込んで破っても、またすぐに生まれて来てしまい、避ければさらに大きく複雑なものになり、まるで蜘蛛の巣のようだと感じた。


メリットの針が振り切れることはない今という時間に、少しだけ早足になり、スマホから親指であなたの番号を乱暴に探すと、人差し指に心を込めてギュッと画面をプッシュした。


歩きタバコの老人の仕業でタバコ臭さに染まりゆく私は、鼻からも、脳からも、手からも、あなたの成分が次第に薄れてしまっているような気がした。


留守番電話にならず、呼吸のように繰り返し続ける呼び出し音に区切りをつけ、私はその音を耳から切り離し、大好きなクラシックを、植え込みの囲いに腰掛けながら、ずっと聞いていた。

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