#40 日々のカタチないプレゼント
誕生日会の余韻を家に持ち帰り、部屋に置いてから家を出ると、玄関のドアから見える風景に愛しいあなたがいた。
夕暮れに紛れたあなたの白い肌、そして目立つ痣も傷もほとんどないシンプルなあなたの肌は、ボロボロだった時期と比べて肌色の割合が圧倒的に多くなっていた。
隣を共に進むあなたの声は、近くを走り去る車のエンジン音よりも、頭上の電線に止まるカラスの喚き声よりも、遥かに元気がないものだった。
私が生まれた日に、私が生まれた町のニオイを嗅ぎながら、あなたと歩き回れていることを、とてもとても嬉しく思っていた。
萌那の家で飲み過ぎたオレンジジュースの酸味がベロの先端辺りにへばり付いてはいるが、あなたが居ればどんな酸味も、どんな平凡な場所でさえも、旨みに変わってしまう。
あなたのサラサラとした手を握れば握るほど、家事などでボロボロになった私の手荒れが私の中で浮き彫りになり、あなたにザラザラを感じてほしくない手は、ただハンドクリームを欲していた。
あなたと寄り添い歩くこの場に、ボロボロの鞄は相応しくないと目に入った鞄を見つめながら思い、今すぐ新しくしないとあなたとの関係までほつれそうな気までしてきて、少し不安になった。
行き先を決めずに、店が密集する一際明るい場所へと進んで来たが、それはあなたの楽しい顔を見るためであり、どんなに険しい顔をしていたとしても、明かりで照らし出し、あなたの顔をくっきりはっきりとこの目に焼き付けるためでもあった。
「誕生日会みたいなものは初めてだったけど、こんなに楽しいんだね」
「あ、はい。楽しかったですね」
「本当に嬉しかった。飾り付けは派手すぎだったけどね」
「はい。萌那さん本当に優しいですよね」
「まさかあんな高価なものくれるなんて思ってなかったからビックリしちゃった」
「菜穂さんと萌那さんの深い友情を感じます」
「そう?このデジタルカメラ大切に使わせてもらおう」
「あ、あの?ごめんなさい」
「どうしたの」
「プレゼント用意してなくて」
「気にしないで」
「プレゼントとかしたことなくて、プレゼントには縁がなくて。その、今からでも大丈夫ですか?」
「うん」
「何か欲しいものはありますか?」
「誕生日に手を繋いで歩けただけで幸せだからこれといって無いかな。物とかじゃなくて、ずっと一緒にいさせて欲しいな?」
「ハッッ」
「危ない、大丈夫?」
「すみません」
「私が心も身体も支えるから安心して」
「ありがとうございます」
「あの、菜穂さん?手が荒れてしまってますし、鞄も結構傷が付いてますよね」
「大丈夫だよ、気にしないで。玲音くんは何も気を使わなくていいの」
このはちゃんからプレゼントされたプラスチックのピンク色をした指環がキラリと光り、萌那に嫉妬するほど恋に盲目で忘れかけていた美しくない私の姿を、ビルのガラスが映し出す。
あなたの視界にある髪の毛一本も私にとっては障害で、父は髪の毛が無く最近は切っていなかったが、母の髪の毛は今もよく切っていて、目に掛かりそうなあなたの前髪を今は無性にカットしたい気分だ。
自分から近いものと遠いものは想像しやすく創造しやすいものだが、あなたの気遣いや言動は私の想像を越え、遠かった時期とは違うタイプの幸せな想像がドバッと溢れ出してきた。
私のことをキチンと見てくれているあなたへ出来るだけ心臓を近づけ、行動に表れそうになるぶりっこを必死で食い止めながら、一歩ずつ慎重に歩いた。
萌那の家で飲み過ぎたオレンジジュースにより尿意が立て続けに押し寄せ、今もお腹の下辺りに微量の圧迫感と不快感があるが、あなたを一人にするのは気が気ではないのでそっと収めた。
手を離すとあなたが傷を負うかもしれない、あなたとまた手を繋げないかもしれない、そんな考えが頭を巡り、あなたのこの柔らかい手から壮大なエネルギーを貰っているのは私の方であると実感した。
何の変鉄もない街路灯がポツリポツリと浮かび、人がパラパラと行き交う道路で、ボロボロになった手と鞄を携えた私は、すぐに使用可能なデジタルカメラであなたに写真撮影を促した。
あなたのその場その場の表情、あなたを包んでいる風景、あなたと一緒にいた証拠、これからも一緒にいられる根拠、そして全ての思い出を、この小さな機械に閉じ込めたかった。
しかしあなたは突然、プレゼントを探してきます、30分後にまたここで逢いましょう、とだけ言い残して私の手から離れていき、追いかけようとしたものの、足だけではなく全身が固まり、私は動くことが出来なかった。
心に透き通った悲しみを埋め込まれた状態で深呼吸をしても、何のニオイも感じることは出来ず、当然あなたの残り香もいくら探しても何処にもあるはずがなかった。
あなたの足音は消え、心配の溜め息が何度も漏れ響いている街の片隅で、イメージへの侵略者が現れないうちに、あなたの大好きなクラシックで耳を塞いで、ゆっくりとうずくまった。




