#04 予想外が苦しめる
両側に聳え立つクリーム色の大きな壁の、三十ほどある小さな部屋の左下のドアが開くのを外の暗い場所から真っ直ぐ伺う。
集団や単独、せかせかやのっそり、優しさや乱暴さなど、取り取りのタイプの生徒が黒い靴を出して、足に着けては去ってゆく。
特進クラスの終了時刻が普通クラスを下回る数少ない機会は萌那を待つことに使い、願わくはあなたと近距離でさりげなく擦れ違いたい。
小気味いい歩く音と弾む話し声が次第に押し寄せ始めて、静穏を保ちながら擦れ違おうという意識と萌那の鈴の音も段々と近くに寄ってきた。
鼻をつく湿り気やカビと、それに戦いを挑む芳香剤や太陽の香りを掻き分けて掻き分けて、あなたの匂いを探している。
一番近くには、クリーム色の壁を通過した明るい髪をしている馴染みのシルエット、一番奥には目を向け続けた色褪せている黒い壁、その黒に馴染まないほどハッキリと存在しているオドオドした黒い制服に目が眩む。
萌那は以前にレモンの輪切りが忍んでいた手提げ袋と同一の物を以前にも増してパンパンに膨らませ、手にぶら下げて迫り来て、いつもの可愛い視線が合う。
「菜穂、待っててくれたの?ありがとう」
「うん、暇だからね」
「あれっ、もしかして私じゃなくて後ろのアイツ待ってたの?」
「主な目的は萌那を待つことだけど……」
「ウァッ」
「おい、長木玲音、大丈夫か?私が支えてなかったら怪我してたよ」
「天川さん、ありがとうございます」
「じゃあね、怪我に気を付けてよ。菜穂、行こっか」
「うん」
「そういえば、菜穂ってアイツと話したことないでしょ?」
「積極的になると怖がられちゃうと思うし、話しかけられないよ」
「アイツ、菜穂のことが完全にタイプだから話しかけたら、とんでもないことになるもんね」
「えっ?」
「見ただけで倒れるとか好きじゃないと有り得ないでしょ?私はいろいろ塗りたくって試行錯誤した末のギャルモデルだけど、菜穂は素でアイドルグループのセンターなんだから当然よ」
「そうかもしれないけど、落ち着く萌那の方が好きだと思うよ」
「恋と心配の両想いだけど、慎重にすれば話しかけても大丈夫だよ。でも菜穂は積極的で暴走すると歯止めが利かなくなるタイプだからね」
「そうかな」
「菜穂の心配を応援するから、私の恋も引き続き応援よろしくね」
呼吸の確認は正確に、顔の幸福感は崩さず、手の振りは大きく、手に握り締めている大切なものは決して離さず、足を均等に動かす。
左手薬指のささくれ具合は相変わらずなのだが、微々たるささくれの痛みしか感じさせないほどの強引さで心臓があなたのところへと身体ごと引っ張っていこうとする。
太陽の帰る時間が日に日に早くなってゆく空からは、白く儚い粒が疎らに舞い降り始め、いつもの景色と心の景色は美へと移りゆく。
先輩が軽やかに走りゆく身体は私と萌那の方向を向いており、落ち着きのある色をした髪の先は落ち着きがなく、私たちの視線と同じ方向を向いていた。
着くや否や、萌那の手ではなく私の手を包んだ先輩の分厚い手の柔らかさ染みた荒々しさは、萌那の優しい表情と私の皮膚を一瞬で強張らせた。
威張るような先輩のせがみは私の手を動かし、行く先に躊躇うプレゼントを前に差し出させ、握力の限りを込めていた手を緩くさせた。
心は何もない廃屋と化し、このまま雪が降り続ければ崩れてしまうほどで、継続的な冷たさを寒さと感じない身体の異変が生じ、脳は睡眠中ほどの働きしかしなくなった。
グラウンドが私の精神と同じくらい白で埋め尽くされるまでに時間を要さないほど勢いがある雪で、視界の大半が白い。
プレゼントのハートが散りばめられたタオルで拭く未来が途絶えた後ろ向きのあなたが、次第に美しい白に染まってゆくのを私は弓形に見つめる。
先輩が再び駆け寄り、冷えた手に差し出してきた温かい優しさは、私の驚きと戸惑いが溶け出し温度を下げ、ミルクティー本来の甘さを無いものとし、苦ささえも感じさせるほどだった。
声も、くしゃみも、鈴の音も、手を擦り合わせる音も、鼓動も、ため息さえも聞こえない萌那を心配するように、雪が静かに音を立てる。
この淀んだ美しさを持つお洒落な匂いは、一年ほど前に銀世界の中で落ち込む萌那をそっと慰めた時の切ない匂い。
気掛かりなのは萌那のことと、一部始終を見ていたはずのあなたの身体が一度も私のことでビクッと動かなかったこと。