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#38 意識が誕生した日

この歳になってから初めて見る黒板、机、目の前で振り返る眼鏡は、少しだけ小さく、少しだけ頼りなく見えた。


祝って欲しそうに目で合図を送ったりしている、ぶりっこの片鱗が覗く私の顔を見て、田中さんの左の口角だけがやや吊り上がり、少し引き攣っていた。


ぶりっこには十分携わっているはずの自尊心が乏しい私の耳は、周囲の都合のいいザワメキだけを選別して耳の中へと受け入れていて、その中には目の前で紙が擦れたりグシャッとなる音も含まれていた。


田中さんが登場させたプレゼントらしき紙袋からは、甘い匂いも食べ物の香りもなく、優しくて鼻に入ると背筋がピシッとなる、落ち着いた正統派の匂いがした。


紙やビニールで出来た包み類を取り除き、数分前に飲んだ暖かい麦茶の片鱗、喉の奥に残っていた優しい苦み、そして友情たちを、ゴクリと呑んだ唾で奥へと追いやった。


プレゼントは私とあなたの手を一緒に包んでくれるモコモコの手袋で、手を入れると柔らかな毛の大群がふわふわと肌にフィットし、手も心も暖かさに包まれた。


真っ黒で奇妙な形をした手袋を見ながら、手を入れた先にある穴にあなたの右手が入ってくることを想像していると、その先に一番馴染んでいるようで私とはそれなりに距離のある萌那の顔が映った。


朝にあなたを一緒に迎えに行くことも無くなり、昼に会う程度の萌那が、机をジグザグと器用に避けながら元気なときの笑顔を正面だけに放ち、素直にこちらへと向かってきた。


「菜穂、誕生日おめでとう!」


「ありがとう萌那。でも普通教室まで来る?結構離れてるし」


「何言ってるの。私たち親友なんだから当たり前でしょ?」


「うん」


「菜穂はもう16になったんだよね。私もすぐに追い付くからね」


「うん。頑張ってね」


「16歳って色々変わるよね。結婚が出来るようになったりさ。菜穂は結婚したい?」


「うん、いつかはね」


「他の男と結婚することは出来そうだけど、玲音との結婚は不可能だから諦めた方がいいかもね」


「えっ、でも、まだ先のことは分からないし、諦める必要はないと思うけど?」


「付き合うのはいいけど結婚は現実味がないよ。治るか分からない敏感さを一生背負っていける覚悟ないでしょ?玲音と菜穂の未来のためにも、この恋愛は青春の一ページ程度に考えて心に留めておいた方がいいかもね」


「でも」


「普通の恋愛が出来ないことを了承して付き合ったんだよね?たぶん結婚できるほど深くはなれないと思うよ。一生想い続けても後悔するよ」


「私、玲音くんをずっと守るって決めたから」


「田中さんは菜穂と玲音のこと、どう思う?」


「好きな人を想い続けることは悪いことではありませんから。今は今のことだけ考えましょう。そういうことを考えたら楽しさが減りますよ 。絶対に変わらないものなんてありませんからね」


平穏に包まれている萌那の帰り道を歓迎するように往路だったジグザグの道の上には空白が出来上がっており、それが私の心の空白と同類に思えてきた。


萌那が去っていくと、たまに空気が読めない言動をする田中さんが急に、プレゼントしてくれた手袋を手に持ち、使い方を必死な顔で説明するなど、手袋の話に掏り替え、私も私で心を掏り替えるようにあなたが喜ぶ顔を目に浮かべていた。


昔に比べると進化した世界、何でも作り出すことが現実味を帯びている時代へと移り変わり、あなたに必要なものが人工で何でも作れて、あなたが不自由なく生活出来るような未来もそう遠くない気が、ほんの少しだけしてきた。


近々の手袋の活躍は僅かしかなく、冬と共に役目を終えてしまうという現実を脳裏に浮かべ、次の冬も使える日が来ることを懇願するように手袋を握り締め、黒いハートのような手袋を幸せ色に染めようとしていた。


授業へと突入し、思考力の低下、体温の低下不良、ツーンと響く頭痛などが起こり、先生の声もまともに届かず、これは私が誕生日に望んでいた身体ではなかった。


すっと足早に時間は通り過ぎ、通り過ぎていく幾つものチャイムでさえも肌をなぶっていき、立ち上がり掴んだ鞄の持ち手のざらつきが手をいたぶり、持ち手の硬い布がやけに掌へと食い込んできた。


恋人関係に付き物のキスシーンを醸し出したい気持ちを胸に、制服を着た全ての胴体にあなたの顔をはめ込みながら、萌那の言葉が未だに残る教室の出口を目指し歩みを進めた。


昼休みの教室から出て、外の空気に触れると、そこには坊主頭の先輩が待っていて、あなたの方が良かったという気持ちが押し寄せはしたが、先輩の優しい顔が、今はまだ見る勇気のない萌那の顔の怖さを僅かに薄めた。


先輩の立派な態度が私の中にいるあなたの弱さを引き立たせていて、お辞儀をして手で目を擦りながら避けるように走り去ろうとすると、先輩が放った祝いの言葉に肩を掴まれるように引き留められた。


先輩から差し出された一般的なビニール袋には、先輩によって落ち着く飴と名付けられたハーブのど飴などスーパーに並んでいるような普通の飴がたんまりと詰め込まれていて、落ち着きを与える飴の袋を突き破るほどの甘い香りが鼻を掻き回した。


いつもより高くて柔らかい先輩の声、そしてあなたのことで気合いが入りすぎている私を宥める先輩の愛の言葉が心臓を掠め、そのまま私はあなたとは反対の方向に歩みを進めていった。

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