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#37 一つ上へ突入する夜

スマートフォンの画面上には、唯一私に関係する数字が増えると確定している日へと進む時刻の表示と、充電99%という文字がいた。


あなたのとびきりの笑顔、今までで一番の笑顔、一般にいう笑顔の2分の1の笑顔の瞬間が、スマートフォンに表示されている数字の背景を彩っていた。


立ったり座ったり、滅多に付けないテレビを付けてみたり、ソワソワしていると、テレビの中の若手俳優が先輩に似た声を発し、先輩が私の中に潜んでいることや、待っていてもあなたの声が聞ける訳ではないことに気付かされた。


20歳に近づいても急に大人になる訳じゃない、この場のニオイはいつもと何も変わらない、明日の一日の食卓も特別なニオイは何もない、そんなことなんてとっくに分かっていた。


落ち着かない口にミント味のタブレットを放り込むと、口一杯に広がったクールな刺激が気持ちを少しだけ持っていってくれて、僅かに楽になった。


すべすべしていて弾力のある生地のクッションをギュッとすると、優しさが肌に流れ出し、母が作ってくれたそのクッションの柄が先輩に奪われたハートのタオルの柄に何処となく似ていて、あなたが頭の中で、また肥大を始めた。


あなたが好きな小説の背表紙、テーブルに置かれたあなたが好きなサッカーの雑誌、指揮者の絵が描かれたあなたが好きなクラシックCDなど、部屋にはあなたが溢れていて、どの想像の中にもあなたがいるのに、肝心のあなたはここにいなかった。


スマートフォンのケースに貼ったものと同じプリクラの写真を、画面で指を使いながら拡大して眺めていると、あなたの顔は突然消え、代わりにあなたの名前、そして、赤と緑の受話器マークが表れた。


「玲音くん?」


「はい」


「えっ、どうしたの?玲音くんから電話なんて珍しいから」


「あっ、はい」


「ちょうど声が聞きたかったところ。あの、もしかして私の誕生日のこと覚えていてくれたの?」


「おっ、あっ、はい」


「本当に?すごく嬉しい。誕生日は毎回家族と過ごしてるし、こういう機会も無くて。誕生日っていっても、いつもカットされたケーキくらいしか変化がなかったからさ」


「うぁっ、はぁっ」


「玲音くん、何かあった?大丈夫?」


「大丈夫です」


「私、もうすぐ16歳だよ。玲音くんにあと少しで追いつくね。ねえ、日付変わるまで話してようか?」


「分かりました」


「誕生日に好きな人とこうやって話したことなかったから今はすごく幸せ。玲音くんがいて本当に良かった」


「はぁっ、良かったです」


「私も玲音くんの誕生日ちゃんと覚えてるよ。私達が出逢う少し前に玲音くんの誕生日は過ぎちゃったから、次はだいぶ先だね。あっ、一方的に喋っちゃってごめんなさい。暴走してたよね?」


「いいえ、大丈夫ですよ」


オルゴールのような高音の鐘で構成された音色が響き、丸い箱の中にある長針と短針は真っ直ぐ上を向いていて、私もあなたとあの針のように天へと向かいながら重なり合いたいなと感じた。


遅いからと電話を終わらせようとすると、あなたは最後に控えめな、おめでとうの一言を残し、お礼を言う間も無く切れ、画面があなたの笑顔に戻るとギャップで目が狼狽えた。


私とあなたを含めた全てのものには対義語があるが、少しずつ私も萌那も先輩も変わり、あなたも僅かではあるがゆっくりと変わっていて、いい意味で先輩も萌那も私も、あなたの対義語から段々と離れていっている気がした。


頭の常識を何かが飛び越えた時、欲が抑えられずに突飛な行動をとってしまう私は今、アドレナリンがもの凄く分泌されていて、普段では考えられない行動が目立っていた。


突然、何の前触れもなしに、肩から肘にかけて氷をゆっくりと肌の上で滑らせたような、ヒャッとした感覚が通り抜けていった。


額に違和感を感じて指先で触れると、プクリと膨れ上がっており、不要物を身体の外へ押し出そうという気持ちが生み出したかのような小さなニキビが、そこにはいた。


机の上に飾ってあるあなたが取ってくれたクマのぬいぐるみを眺めていると、ノックの音がトントンと2回鳴り、間もなくドアが勢いよく開き、部屋の光景はガラリと姿を変え、目からは震動が入り込んで心臓を揺らした。


スキンヘッドの父は部屋に躊躇わずにズカズカと入ると、顔に似合わないピンクのリボンで結ばれたプレゼントとバースデーソングを残して、すぐに去っていってしまった。


父にこんな思考を抱くことはないが、あなたに対しては血が繋がっていない分、深くなろう深くなろうと身体が生き急いでしまっていて、メールでお礼がしたくてしたくて堪らなくなり、忙しなく親指を動かしていた。


腸がふんぞり返るような、身体中をくすぐられているような不思議な感覚に包まれ、それらに向けて不慣れなラベンダーのアロマキャンドルに火を点けた。


日を越してから少しの時間が経過し、メールの受信音はひっきりなしに鳴り、あなたのメール専属の音楽も耳へとスッと届き、嗚咽にも似た喜びの声が惜しげもなく漏れ出した。

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