#36 熱い胸の高鳴り
学校からさほど離れていないゲームセンターへと入って行くと、白を基調とした箱、ピンクの装飾、ぐるぐると場を掻き回す電飾などが目に入り、薄暗い不気味な空間が広がり始めた。
髪の毛の伸びが早く、毛量の多いあなたの俯き顔を確認しながら二人で狭い通路を縫っている間、あなたは警戒からか肩を強張らせ、胸から上がカチカチに固まっていた。
耳を通り抜けて直接脳に届くような、振動を伴う壮大な騒音が響くと、あなたの驚きは消えないものの、驚く声は掻き消されていき、距離を縮めたいという理由から騒音の代名詞のような場所を選んだわけではないが、縮まる予感は微かにしていた。
煙草の香りから感じる不快は私がいくらあなたに近づいても、入り込もうと頑張ることを止めず、深くなりたい気持ちの分だけあなたのニオイを大きく吸い込んだ。
ミックスジュースをあなたに会う直前に飲んだので、口には落ち着くあなた味がまだしっかりと残っていて、色々なきっかけであなたが恋しくなる私にとって、この世界の全てのものはあなたの関係者なのかもしれない。
あなたは突然、大声を挙げた機械に驚き倒れ、私のフワフワとした身体へと寄りかかり、頼られているのが分かるほど大胆に私の肌全体にフィットしてきた。
身を預けた拍子に、あなたは私の胸を手すりのようにしっかりと鷲掴みにしてしまい、あなたの左手の人差し指の第二関節にあるほくろや、あなたのニワトリに引けをとらない手の甲の鳥肌が、私の目へと訴えかけてきた。
私の心臓を全てあなたが奪い去ってしまったかのようで、心に引き籠もる想いを全て握られてしまったかのようで、全ての蟠りを柔らかくほぐしてくれたような気持ちもあり、まるで私を他人として見ているかのようなあなたのその顔も嫌ではなかった。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫だから、気にしないで」
「あっ、あの、思い切り握ってしまって本当にごめんなさい」
「痛くなかったし、玲音くんに胸を触られても不快感なんて全然無いよ」
「本当ですか。よ、良かったです」
「UFOキャッチャーやりたいよね。じゃあ、あっち行ってみようよ」
「はい」
「玲音くんは気分よくなかった?」
「えっ、いやっ」
「私は少しだけ距離が近くなったような気がして、いい気分だったけど」
「はっ、はあ、良かったです」
「ここ大きい音がずっとしてるけど、大丈夫?少し外に出る?」
「大丈夫です。今は落ち着いている方なので」
「玲音くんは私に何されたら嬉しい?」
「あっ、えっと、特に思い付くものはありませんけど」
「お弁当作ってあげようか?」
「申し訳ないです、そんな」
「私はね、玲音くんに何かしてあげたいの。玲音くんを守り続けるって決めてるから。玲音くんが少しでも必要としてくれている限りはね」
「ありがとうございます」
「気分はどう?大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ねえ、クマのぬいぐるみ可愛いね?」
「はい」
「UFOキャッチャー得意?あのクマさん取ってよ」
「えっ、はい、いいですよ」
「なんかすごく幸せだな」
「何か言いましたか?」
「うん、何でもない」
目の前の大きな箱の中で寝そべるクマさんが、私とあなたをじっと優しく見つめ、取ってほしいと言っているような真ん丸の輝く黒い瞳をしていた。
機械のアームは緩やかに揺れながら進み、あなたは指を微かに震わしながらボタンを離すと、あなたみたいな顔したクマさん2匹をアームは偶然に掴み、宙を一定の速度で移動し始めた。
真剣なあなたの後ろ姿に発疹と10円程のハゲが映り、2匹のクマさんがドアから出てきても気兼ねない喜びを感じられず、故意のぬくもりを、距離が縮まり関係が深くなったと、都合よく解釈している自分が急に情けなく感じた。
クマさんのふわふわを袋に詰めた後、あなたが感じた感触を確かめたくて、指を一気に折り曲げてさりげなく、あなたに触られた胸を自分でも掴むように触った。
あなたへ私は過度の刺激を与えてしまっているかもしれないが、私はあなたを良い方向へ進むための心身の刺激物のひとつとしてカテゴライズしていた。
脳内にも世の中にも物語が溢れすぎていて、手にはクマさんの物語がぶら下げられ、肌にまで物語から生まれた雫が滲んでいた。
私の制服よりも可愛いものを着た女子高生の渦の中へと、あなたを私のワガママが引っ張っていき、スカートしかいない空間に男の子のあなたがポツリと浮き彫りになった。
布をくぐり抜け、時折下を向くあなたと二人きりでカメラにぎこちないポーズを決めて撮ると、画面のあなたはパッチリおめめをしていて、何かにすぐ驚く人には全然見えなかった。
手をゆっくりと動かして可愛く映ったあなたとの写真に二人の名前とハートだけを書き加えていたが、変人扱いされても気にならない私は、逆にそれをとても気にするあなたの顔が気になって仕方がなかった。
女子高生特有の香りがプリクラコーナーに溢れ返っており、それは私の高校にはないキャピキャピとした香りで、私の華やかさが女子高生の下層であることを実感し、鼻がヒクヒクとした。
何処から出ているのか分からない女子高生の高音に驚くあなたの声が私の耳を突き破り、これが私にとっての普通のデート、いつもと変わらないデートなんだ、そう思いながら寄り添っていたが、このままキスも出来てしまうのではという雰囲気だけは、いつもと異なっていた。




