#03 優しく柔らかな心で
煩い陽を黙らせる雲と静かなる砂は、走る英雄たちによって活発になり、知らない制服や知らない顔も英雄たちによって活発になってゆく。
相手の執拗なマークにより倒され、心配の目を向けられる先輩とは距離を置いた場所で、あなたは声や行動等の僅かな違和感たちに倒され続け、心身が傷だらけの状態で座り込んでいて、私は常に心配の目を向けていた。
いつもの倍のザワザワ音と、幾つもの黄色い声援の中に混じる、私の心配によってザワザワと溢れ出た音の乗る吐息は、異質の存在として自らの耳を驚かせた。
「ねえ、菜穂?私が菜穂の恋の手伝いしてあげるから、菜穂も私の恋のお手伝いヨロシクね」
「遥斗先輩との恋をどうやって手伝えばいいの?」
「大まかにいうと、私のいいところをさりげなく分からせることね。まずは今日、プレゼントを渡す時の同伴をお願い!」
「分かった。競争率が高いけど、萌那ならきっと両想いになれるよ」
「ありがとう。あっ、またアイツ倒れたよ。凄く心配だけど、気が散るし恋の邪魔なんだよな」
「でも、好きで驚いている訳じゃないんだし」
「分かってるよ。心臓の負担と大怪我の危険が凄くあるみたいだけど、薬も効かないらしいからね」
「何で長木くんのこと、そんなに知ってるの?」
「困っている人を放っておけない性格だから、たまに話かけちゃうんだよ。私といる時だけアイツの緊張や驚きが薄まってる気がするんだけど何でかな?」
「知らないよ。落ち着く顔をしてるからかな?それで長木くんは今ケガとか大丈夫なのかな?」
「今は擦り傷だけみたいだけど、油断は出来ないよね」
「そうか」
「遥斗先輩、プレゼント喜んでくれるかな?」
「いっぱい貰ってるかもしれないけど喜んでくれるよ、きっと」
「あっ、そうだ菜穂。アイツにオシャレな防護用具とかプレゼントしてみたら?」
「えっ、しないよ」
手提げ袋から取り出し、萌那が開けたプレゼントの入った密閉容器からは、酸っぱい甘み混じりの匂いが近寄ってきて鼻が身震いした。
先輩の姿を見えなくしたプレゼントらしき紙袋の集団の猛襲から少し離れた場所で、その集団のように重なり合う手元の輪切りレモンの個性が突飛して見えた。
緊張が萌那の顔を強張らせ、口数を減らし、元気を奪い、容器を閉める手をもたつかせ、歩く動作を鈍らせて、乙女心を外に出させる。
既製ではなく、形が存在しないもの、形が存在しないものが込められたもの、そして同じ形が存在しないもの、それがプレゼントなのだと思う。
テーマパークのアトラクションの列のように小股で足を動かしては止まり、小股で足を動かしては止まりの連続で、近づくにつれて両手で髪を梳かす頻度も増えてゆく。
目は泳ぎ、唾は何度も喉を通り、あなたの心臓を補えるくらいの対照的な心臓はあなたを見つけて悶え始めていた。
青春を飲み込もうとする空の黒に負けじと光る灯りに照らされる者、照らされない者、その精一杯光り続ける灯りのように明るい者、明るくない者が砂の上に座り込む。
列の途中、あなたとの最初のまともな向かい合わせは、あなたの驚いて溢した声、スポーツドリンク、汗が染み込んだユニフォームのような湿り気があるものの、カラッとした心持ちにさせてくれるものとなった。
あなたから先輩へと私を向けて早足で前に移動し、頭を上下させ、萌那の背中を押し、プレゼントの代理人として輪切りレモンの入った容器を先輩に手渡した。
先輩からの味見の勧めにより口に運んだ円盤は、私の中の二種類のドキドキのように、レモン特有の酸味と、それを上回るハチミツ本来の甘味が美しく共存していた。
終えて振り返れば、喋りの華を咲かす遠くの観客の横顔、使い古された砂地、月並みに揺れる木々がそこにいて、心へ非現実の脆さを訴えかけてくる。
今、萌那が見せている自然な微笑みにあなたの暴れる心を制御する作用があるのならば、私を作り出している全てのものをその微笑みに変換したい。
感謝の可愛い手が私の両手をか弱く包み込み、潤いを帯びた柔らかさと、希望を帯びた暖かさが微かに、冷えた手に伝わってきた。
嬉しさと楽しさと喜びが、萌那の身体からハミングとして外に漏れ出し、鞄に括り付けた鈴の普段より大きい音色と共にスッと耳に入ってきた。
鼻呼吸を忘れがちだった帰り道、毎週末に母が忠実に作るカレーの匂いが、私をこの世界に戻してくれた。