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#27 退くべきか退かないべきか

一所懸命せっせと働く蟻たち、砂に混じる小石、細い葉が幾重にも伸びる白さを帯びた雑草、四つの黒い靴を視界に携えながら歩き、気分も下を向く。


左側に視線を移すと、小気味いい下がり具合の眉毛をしたあなたがいて、見ているだけで和んだが、あなたの気分もこの眉毛のように、いつまでも下を向かずに上を向いていて欲しいと願っている。


あなたの瞳に、より美しく映り込みたい一心で、前髪に尽力しすぎて手薄になった顔に、ほぼ初めて薄化粧というベールを纏わせたせいで、化粧品の慣れない匂いとあなたの香りが遠退いた不安が鼻を強張らせた。


コンビニに足を踏み入れると電子音が鳴り響き、今日はバイトが休みの萌那の元気な声が後ろで優しく轟き、今日はボイストレーニングがない私が、あることを思い出して声をあげると、驚きに休みがないあなたの小さな悲鳴が溢れ出し、少し遅れて私の心の悲鳴も溢れてきた。


コンビニのお菓子の棚には小袋のチョコレート達が整列し、小さい抹茶チョコ、新発売と書かれた札がぶら下げられているチョコなど、原色のパッケージが目が痛くなるほど視覚に訴え掛けてきた。


久し振りの三人遊びだというのに、頻りに胸に手を当てるあなた、深呼吸多めのあなた、物静かな体裁を振り撒くことのないあなたへの不安の増殖によって、あなたと同じ表情で過ごす私がいた。


コンビニオリジナルのソフトクリームを冷気溢れる箱から取り出しレジへ歩を進めると、冷たい感触と冬の空気が相俟って掌の皮膚にへばりつき、いっそ凍結してしまうくらい凍えて未来で温かさをより感じたい、という自我が芽生え出した。


街並みが一望出来る細長いイートインスペースへ三人で移動し、誰もいない空間にある椅子へと腰を据え、ソフトクリームを上品にスプーンで掬う仕草をしていると、あなたは姿勢の悪い腕の形で、のそのそと手を小さく斜め上に挙げていた。


「玲音、どうした?」


「あの、えっと、話がありまして」


「話?うん、聞くよ。何?」


「学校を辞めるか迷ってるんです」


「玲音、何でよ。特に何にも問題ないでしょ?」


「そうだよ。驚いたりしても私達がいるから大丈夫だよ」


「ありがとうございます」


「周りのみんなも慣れちゃってるし、このままでいいと思うから、退学の話は無しね」


「でも、どんどん悪化してるのは確かだよね」


「あっ、はい」


「菜穂といるときはそうかもしれないけど、私と二人でいるときはそうでもないよ」


「そうだよね。萌那は落ち着くから」


「たぶんだけど、出会った頃は菜穂が可愛くて好きだったから発生した驚き。せれで今は、心を許しているからこそ逆に心置きなく驚けるみたいな感じなんじゃないの?」


「そうなのかな?」


「僕にもよく分かりません」


「私だってよく分からないよ」


「玲音くん、心臓は大丈夫なの?痛くなったり、おかしくなったりしてない?」


「たまに苦しくなることはありますけど、何とか大丈夫です」


「玲音の症状って全然良くならないよね」


「病院に行って薬を貰ったり治療の方法は考えたりしているんですけど、薬はほとんど効かないですし、どの方法もあまり効果がないみたいで」


「大丈夫。私が玲音くんを治すから」


「ありがとうございます」


「私もいるからね」


「はい」


「私と一緒に治していこうね。退学の話はもうしないでね」


「はい」


「二人ともはやく食べないとソフトクリーム溶けちゃうよ」


あなたの情報の全てを脳へ如実に描破し、該博な知識が私の中に溢れかえっていたとしても治すことの困難なあなたの症状を、咎めるものが少しでもいたなら、私が許さない。


温度の上がりすぎたソフトクリームが少ない望みと共に、存在を主張しないまま舌の上で、川に降りゆく粉雪のようにさっと溶けていき、ソフトクリームのワッフルコーンのように私もガッチリとあなたを支えていきたいと感じていた。


先程、思い出した父の誕生日が埋もれてしまうほどのあなたに対する心配と決意、驚きに匂いが無いことへの不安と安堵、萌那が頼んだ山盛りポテトの油っぽい匂いが、私の鼻の奥底まで充満していた。


薄い透明なガラスの向こう側では、ガラスのような障害が僅かに存在するあなたと私よりも遥かに熱い密着を果たしているとろけたカップルがいて、出入りが絶えない自動車のボディは刺激の少ない白や黒のカラーが多く見受けられた。


あなたの右手を包み込んでいた白い布は消え、手の皮膚は剥き出しとなり、目立つ傷などどこにも見当たらなくなったが、ようやく馴染んできた右側が忘れられずに、ここを新しい指定席にしたいと心が呟いていた。


右側にいる萌那のポテトフライに手を伸ばし2、3本を一口で頬張ると、反対側では来店時の電子音に驚いたあなたがテーブルに少量のソフトクリームをぶちまけてしまっていて、私はそっと鞄からティッシュを取り出し、数枚摘まみ出して拭った。


コーンの底の小さな円錐を口の中に押し込み噛んでいると、頬の裏側にいつの間にか突起と痛みが生まれており、あなたが抱えているものの欠片ほどのストレスしか存在せず心が満ちている私は、不摂生が身体に表れたと解釈することしか出来なかった。


父へのプレゼントを探すためにあなたと店内をうろうろしていると、透明な袋で覆われた輪切りの純白ロールケーキの集団が、冷気溢れる仕切りの中で胸を張っており、必死で私の目に訴えてきている気がした。


あなたから一秒たりとも目を離してはならないという意識のもと、ボディーガードのように寄り添っていると、コンビニ店内にある交差点でも、見渡しの悪い道路を渡る時のように左右を確認し、ゆっくりと歩き出すあなたがいて、瞳に映る幸せをずっと瞼の奥で転がしていたくなった。


肌恋しさから、棚で仕切られた死角に身を寄せて、あなたの制服の優しく滑らかな肌触りをそっと引き寄せ、掴んだ腕の細さを感じながら、あなたの耳元で、守る、と囁くと、全身はむず痒さに襲われた。


母が好きなアップテンポのメロディが突如として携帯から辺りに鳴り響き、あなたとシンクロした私の吃驚の声に照れくささを感じながら我に返ると、しっかりと二本足で立ち続けるあなたの片隅では、ぼんやりと想像上の父の喜ぶ声が浮遊していた。

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