#22 提案を蹴る理由は弾けた
風が姿を現さず、砂の粒が穏やかである理由が、四人の良好な関係が乗り移ったせいや、あなたの目に激しさを与えない為だとしたら、このまま風景は何も揺れなくていい。
遠いようで近くに見える先輩の身体は、嫌われていた萌那にまたカッコいいところを見てもらいたいという気持ちが骨となり、それが原動力になっているかのようなシャキシャキ感があった。
先輩が華麗な技を見せる度に圧迫され、シュートが外れる度に潰される右手の感覚から、あなたのサッカーに対する未練が垣間見えた。
足を肩幅くらいに開き、足が地面に埋まっている気持ちで身体を安定させ、ガジュマルのように力強く根を張り、あなたを倒さないように手に力を込めながら固めた。
手から湧き出し、そっと溜まってゆく汗が、二人を繋いでいる接着剤を溶かすように私とあなたの間に入り込み、手のむず痒さを引き起こしていた。
冬の静けさに濃紺のジャージの躍動感が踏み込むグラウンドの砂上に、想像のあなたを立たせてあげても、先輩の首にいるタオルの廃れたいくつものハートが瞳を占領する。
あなたの向こう側であなたの右手を握る萌那は、ボールを追いかける光景が見える居慣れた私と萌那だけの空間の中心にあなたがいることに違和感を抱いている様子はなく、萌那は先輩ではなく、大半はあなたの顔を見ていた。
自ら距離を縮めようと努力をする最近のあなたの優しさは、私からしたら至れり尽くせりの部類に入り、うっすらと昔の萌那の姿がちらついた。
球体を豪快にネットに突き刺す先輩が出したオブラートに包まれた力強い声も、やんわり突き上げられた拳も、奥の奥が凛々しい緩んだ目線も全部、私に向いている気がして、先輩の愛が私を使って掴まり立ちをしているようにも思えてきた。
「プレーはカッコいいよ。でも前までの印象は消えないよね」
「私は萌那の考えとは違って、すごくいい人だと思ってるけど」
「そう?あっ、ねえねえ、あのスーツの大人達ってスカウトかな?」
「そうだよ、たぶん。全国大会は出られなかったけど実力は本物だし、将来は約束されてるようなものだからね」
「玲音は私がスカウトしてあげるよ」
「えっ」
「萌那、全然面白くないよ」
「ごめん」
「ねぇ、玲音くん。サッカーまたやりたいよね?」
「はい、やりたいです。やっぱり先輩はすごいですね」
「私、先輩が前よりカッコよく見えてきてるかも」
「えっ、菜穂もしかして心移り?」
「ごっ」
「玲音くんが驚いてるじゃない。そんなことないし、私たちそれなりに仲いいからね」
「あぁ」
「私と玲音も毎朝家まで行って一緒に登校するくらい仲がいいもんね」
「はぁ、はい」
「何それ?聞いてないんだけど」
「心配だから一緒に登校してるだけだよ。玲音とは大親友だもんね」
「はい」
「菜穂、また嫉妬してるの?私は玲音の大親友としてやってるんだからね」
「だって萌那の家からだと学校の先の方だし」
「そんなのどうだっていいでしょ?気にしないの」
「あの?菜穂さん、萌那さん、サッカーを見ましょう」
スーツがグラウンドの砂を掻き乱す中で倒され、濃紺、白、肌色に砂の大群が纏わりついてしまった先輩を見ても、あなたが転んだときの目の興奮の10パーセントにも満たないほどで、心配は一部分も姿を現さなかった。
意識を他のものに盗られて気付かなかったが、瞳で撫でるように見つめたあなたの身体には正常ではない部分が多々あり、首筋の傷、頬の痣、手の変色等の異変に、受け身や注意の重要性を痛感した。
何処かで何かが燃えたような煙のニオイがして、その煙が孤高になりたくない羨望染みた私と萌那の間に生じた摩擦の煙の如く、どんよりとした空間を作り上げていた。
昼から放課後までに摩り減らしたあなたの身体や、あなたにベクトルを移した萌那の聖母のような優しさが、ひび割れが引いてあなたのキスの味を欲している私の唇に、再び血の味を賞味させようとしていた。
左の私と右の萌那というあなたの両端が乱れていては、私達の振動が手の骨、筋肉、皮膚、血管からあなたの手に伝わり、挙動となって表れ兼ねないので、そっと手を落ち着かせた。
サッカーゴールの網が何も触れずして揺れ、砂も活気を取り戻し、先輩のこの世のものとは思えない至極の足技が繰り出され、波乱の幕開けの予感がした。
先輩の坊主頭、優しい笑顔、前まで御目にかかれると想像していなかった礼儀正しさが目にくっつき、あなたを押さえ付けるようにして私の心を突いた。
煽る自尊心を振り払うように振る舞ってきたが、萌那がバイトに手招きされて去っていき、私は明るみに自尊心を突き出す感じで手に力を入れ、強引にあなたを引き寄せた。
両側で争いを起こしてあなたを一番に考えてあげることが出来ず、その鎮火しきれなかった嫉妬の塊によって、準備せず急に動かした腕からは痛みと嗚咽が聞こえてきた。
時折、気に触る言動を掻き消すように驚く声を出すあなたなのに、今は私の手の強引さや、私が発したオブラートに包んだ愛の言葉に、そのような種類の驚く声に限っては出すことがなかった。




