#20 抑えきれない抑えたくない
ゴツゴツ感の否めない灰色のアスファルトにピントを合わせ、瞳に鮮明に映し出そうとしてもぼやけるのに、あなたと萌那の共同体はぼやけようともせずに目の中にいた。
ふんわりと地面に横たわるあなたの両手は宙に浮くことなく何かを掴むことなく、しっかりとアスファルトに接していて、あなたの上に被さっている萌那への愛が私への愛を上回っていない望みのひとつに加えた。
故意ではないとはいえ、親友と恋人の抱き合う姿に嘆きが生まれ、何の感情もない私馴染みの物体だけに包まれる身体の寂しさと、萌那に場所を取られる恐怖で流れた冬の汗が肌を冷やした。
あなたと萌那を抱き合わせたキューピッドに仕立てられた私の大きな声は、罪悪感を抱きながら影を潜め、安心感と後ろめたさが喧嘩をしながら私をゆっくりなスピードで前に進ませる。
高温の揚げ油の如く大きな音を立てて激しく暴れていた私の心臓は、萌那に引っ張り上げられながら私に向かって会釈をするあなたの姿により、気泡の立たない油となった。
あなたの横にあるガラスが割れた音の発信源だと思われる紺色の鞄は、底の一部が濃い色に染まり、濃紺の割合は秒を追うごとに広がっていった。
今まであなたを少し余計に抱き締めていた萌那には乱心の欠片もなく、平常心が作り上げた笑顔であなたの右手を抱き締めながら、萌那は空いている右手を小刻みに動かし私を呼んだ。
一年かけて書き上げた文章を消去するように、私とあなたと萌那の関係を断って想い出を消去するなんて考えたくもなくて、笑顔で迎えてくれた二人の優しさによって生まれた悲しみの雫がスッと私の笑い皺に入り込んだ。
終わらない永遠は終わることのみだと心は気付いていて、終わらない愛などないことを心はすでに飲み込んでいて、いつか終わるのならば、この響き続ける小鳥のさえずりのような幸せな時間を出来るだけ長く響かせ続けてほしい。
「菜穂、安心して。玲音は謝って仲直りしたいみたいだし。ねっ?」
「あっ、はい」
「玲音さん、仲直りしてくれる?」
「はい。菜穂さんすみませんでした」
「私の方こそ、ごめんね」
「菜穂さ、玲音の前であんな大声出したら驚くに決まってるでしょ。それに大声出すと余計に喉枯れちゃうよ。何やってんの」
「止められなくて」
「何気ない大声が誰かを傷つけ、何気ない大声が誰かの寿命を縮ませるんだからね」
「ごめんね、玲音さん。もうずっと手を離さないから。ずっと守るから。自分のことも気を付けるから」
「はっ、はいっ」
「菜穂、少し重いよ。あと玲音さ、私が説得して今日菜穂に謝ろうってなったのに何で今日は無理って言って帰ろうとするの?菜穂の教室に行く予定だったのにさ」
「ごめんなさい」
「あっ、玲音?鞄に何入れて来たの?何か漏れてるよね?さっき瓶が割れるような音したけど」
「プレゼントです」
「玲音、もしかして菜穂にプレゼント?やるじゃん!でも、ちゃんと何かに包むとかしないと瓶は割れちゃうんだからね」
「すみません」
「あっ、これって喉にいいマヌカハニーでしょ。プレゼントしようって自分から思ったんだね。相当、菜穂のこと大好きだな」
「あっ、はい」
「玲音さん、私のこと考えていてくれてすごく嬉しいよ。高かったよね?食べられる部分も少し残ってそうだから良かった」
「はい。あの、菜穂さん、膝の傷と喉は大丈夫でしょうか?」
「うん、喉は問題ないし、膝ももうほとんど傷が消えてるから大丈夫だよ。本当にありがとう。玲音さん大好きだよ」
「ふぁっ、はい」
「玲音?私も大好きだからね!」
「はい」
「もっと驚けよ、バカ!」
くすんだ緑の格子が両側に寄せられている校門の、柱状に成形されたレンガとレンガの間を、私とあなたの新たなスタートのゲートに見立てて手を繋ぎながら通り抜けた。
身体や顔を時折ビクッと動かしながら歩くあなたが隣に存在していることは幸せだが、萌那のさらっとした愛の言葉にも、萌那の的を射た説教にも、慣れているかのように動じなかったあなたも欲しい。
萌那が羨むこの顔が良い方向へも悪い方向へも私を導いていて、私とあなたの間にいる緊張感と、あなたの私に対する愛が溶け込んだマヌカハニーの甘い香りが、周りを包み込んで心の痛みに触れる。
溢れ出さずに守られ、瓶の中に留まった汚れのない選ばれしマヌカハニーを、木陰であなたから貰い、それを纏わり付かせた指を口の中に入れると、悩んでいた味のしない日々がしつこくない甘みを帯びた日々に変わっていく気がした。
端から見たら何気ない放課後の何気ない戯れでも、私からしたらあなたのいる風景すべてが、ありふれても何気なくもない儚さのあるもので、あなたのいつもより強い力が右手を幸せに圧迫する。
あなたに導かれて歩き着いた先には、透明な壁が前面にあしらわれた少し小振りのお店が待ち構えており、中にはブラウンやホワイトの雑貨が混在し、それらは緑の植物達に彩られていた。
畏まりながら輸入雑貨という未知の扉を開いて入り込むと、あなたは急によそよそしくそわそわし始め、つい下に向いてしまう私の視線には、あなたの制服の短いズボンの隙間から覗く足首の肌が映っていた。
ガラスの小物が溢れる空間であなたの肩に手をやって穏やかさを注入したり、あなたとガラスの間に身体を入れたりしている私の後ろで、目立たず存在感を消して付いてくる萌那の鞄には、今までずっとぶら下げていた鈴が無かった。
店員が品出しで発生させた小さな音に私まで身体や喉を反応させてしまったが、あなたから私に敏感さが移ってきていたとしても、あなたの敏感さが減らない現実はほとんど無くなることはない。
あなたがマヌカハニーの埋め合わせを提案し、見て回る中で見つけた小さなピンクの四角い箱を開けると、癒しと安らぎを促してくれるような心に響く優しい音が流れ、これをあなたとの想い出のメロディにしたいと思った。




