#15 暗い明るさに甘んじる
スクリーンの消滅した町からの脱出により、見たことのない巨大看板、大型量販店、洒落た外観のカフェなどと御目にかかる機会に恵まれた。
色は白濁寄りで、顎はシャープめで、大きさは小さい部類に入る顔をした萌那が、顔の色を赤や青などの別色に濁らせることや、顎のシャープさがぼやけるほどの口数を放つことや、顔の小ささも霞むほどの威圧感を見せつけてくることへの僅かな恐怖で、言い出すことが出来なかった。
あの雪の日の苦しみと甘さの混じった切ない香りや、あの雨の日の苦さと苛立ちが合わさった寂しい香りが、好きな空模様を減少させ、太陽光が入り込んだ衣類のカラリとした今の香りが私をホッとさせる。
速度を落とし、両側にスライドしてゆくガラスを見送り進み、立ち止まってエスカレーターに身を任せ、萌那の顔色を伺いながらパーテーションが最小限の空間を突っ切り、脚を酷使する。
あなたが時折見せた私への優しい気遣いという一面により高まった、初詣での愛の熱が冷め遣らぬままの体温をエネルギーに変え、私は萌那に恋人報告をする決意に震える。
チケット売り場の壁には、家族が触れ合う写真が使われた映画ポスター、赤や青などの鎧を身に纏ったヒーローの映画ポスター、若い男女が制服姿で向かい合う恋愛映画のポスターなどが馴染んでいた。
そこに近寄り見上げる萌那の瞳には、向かい合う男女しか映っておらず、あなたのことが好きな萌那の頭に恋愛を詰め込むことは刺激を強めることになり、報告が映画の前でも後でも笑顔の根源をすり替えてしまうかもしれないので、出来れば回避したい。
私が萌那側なら、まだ使えるものを捨てられないように、望みが少しでもあるのならば優しく繋ぎ止め、私の中の美しい人格の存在を消してでも愛し続けるだろう。
あっさりと決まった恋愛映画の入場券はもぎられ、人がまばらなスクリーンに続く道には、二人の靴音が響き、ブレーキ音のような子の悲鳴が轟く他は静寂に包まれていた。
「アイツだったら今の悲鳴で転んでるよね」
「そうかもね。萌那って最近、長木くんと連絡取ってる?」
「それなりには連絡取り合ってるけど?何で?」
「私のこと何か言ってなかったかなと思って」
「もしかして、アイツとキスしたとか?」
「違うよ。あのね、キスはしてないけど、恋人になったというかね。3番のスクリーンだからここか」
「今日逢ったときから、そうだろうと思ってたよ。アイツのことが好きって私が言ったから焦ったんでしょ?」
「まあ、少しだけね」
「大丈夫だよ。相談しないで告白したからって別に怒ってないから。おめでとう、菜穂」
「ありがとうね、萌那」
「大丈夫だった?ガツガツしたりしなかったよね?恋のことになると菜穂、暴走するときがあるからさ」
「重い女だと思われてるかもしれないけど、特に変わったことは起こらなかったから」
「そっか。えっと、Cの4か。右の前だからここら辺だよね。あっ、ここだ」
「私は萌那の右ね」
「菜穂、もしかして交際報告のために私をここに連れてきたわけ?映画のお金出すって言うからおかしいとは思ってたけど」
「それもあるけど、萌那は大切な親友だから、ただ一緒に映画が観たかったの」
「言ってもいい?私、長木玲音のこと諦めないからね。ごめん、応援しておきながら私も好きになっちゃって。菜穂も大好きだけど、アイツも大好きだから」
「うん。予想はなんとなくしてた」
「言い方はよくないけど、ライバルとして宣戦布告する」
「うん、分かった」
「何はともあれ、菜穂に幸あれって感じだよ」
闇が降りた空席の目立つ箱の右前から観るスクリーンは、圧迫感と右特有の世界が広がり、中央とは別の趣を感じる。
親近感の極みとも言うべき、外見では判断しづらい類似性を持つ萌那が、私の抱えるポップコーンに黙々と手を伸ばすという、らしさに、陰と陽の感情が清々と噴き出す。
ポップコーンの甘くて程よく芳ばしい香りが映画館らしさを演出し、右隣のチョコレートの匂いがスクリーンに映る恋愛映画を包み込み、雰囲気が私全体にめり込む。
目の前の甘酸っぱいキュンキュンする恋愛によって、原形が一向に崩れないポップコーンとしょっぱさが口に残り、留まることしか知らない過去の男子達の愛情を思い出しながらあなたを想う。
コーラの入った紙のカップ同様、終盤に差し掛かったスクリーンを見つめる私の頬には雫がじわじわと走り抜けていて、映画をあなたと私の関係に重ねては、頬に何度も温かさを覚えた。
目の前の壁一面で異彩を放つ、性格が先輩に似たイケメンは、映画の中でゆったりとした世界を掻き回し、私の掻き回せるもの全てを掻き回してゆく。
左に席のない萌那の静けさと、笑う時には思い切り笑い、泣く時には思い切り泣く右のおじさんの豊かさに挟まれ、人間らしさをお裾分けされた気分に満ちていた。
あなたに対する接吻の欲望を拭うように頬を指で撫で、理想を曇らせるようにポップコーンを掴んで口に持っていく作業に欲望のほぼ半分を投じた。
上映中に動くことをど忘れしたお尻から脚にかけての肉体には、今になってジンジンが静かに滲み出してきていて、恋愛が関係すると我を忘れてしまう私の我が儘な部分には蓋をすると決めた。
ポップコーンを探る音も噛み砕く音も止み、エンドロールの心揺さぶるパワフルな歌声と共に、清々しさと心残りを包括したような未来への決意が生まれ、しばらくは誰の足音も鳴ることはなかった。




