#14 恋するボディーガード
裏通りの片隅にあるちょっとした神社とはスケールの異なる、鳥居の偉大さ、敷地の雄大さ、繁りの壮大さ、祈る人々の莫大さを誇る風景が広がる。
護衛という名目で繋ぐあなたの左手からは振動や不安が伝わり、躊躇もまとめて握りしめた私と、あの日、自然に手繋ぎをしていた萌那との違いに揺らめく。
朝のシャンプーの名残である、愛と気合いが詰まった新鮮な甘い香りをふんわり辺りに振り撒き、恋人感までも振り撒きながら、拝殿に向かう集団の流れに身を任せる。
私の元々の小声とゆったりの片鱗をさらに抑圧した言動は、距離を近付け、時に遠ざけ、あなたの穏やかさは平坦に近い緩やかな右肩上がりとなりつつあった。
人々の多さ、人々の放つ音、人々の予測不能な動きに圧迫感を覚え、狼狽えながら手の力を強めてしまっていた私に、あなたの不安は計り知れない。
萌那に内緒であなたを独り占めしている私の後ろめたさを咎めるように堂々と身構えている拝殿の前に、二人で立ち、願いをまだまだ納められそうな大きさの箱へと三枚投げ入れ、視界を暗くする。
小さな傷が日に日に増えているあなたの
健康を、あなたの不快を含んでいる驚きの歯止めと平穏を、あなたの顔を思い浮かべながら願う。
年明けと共にあなたへ送った長文メールの10分の1にも満たない返信メールは平穏そのもので、あなたの願いに私が関わっているかどうかも不明である。
自分で鳴らした鈴の音にまで驚き、拝殿に背を向けて以降も鈴の音との相性が悪く、私が支えてはいるものの、いつも以上にぐらつき、声を発するあなたを見て、愛を伝える勇気は欠乏に向かう。
「あっ、手を繋ぐのもうやめてもいいですか?」
「安全の為だから駄目ですよ」
「繋がなくても怪我はしませんから」
「嫌ですか?私と手を繋ぐの」
「すみません。安全の為だと分かっていても意識してしまって」
「動く手すりだと思って掴んでいてください」
「わ、分かりました」
「私のことはどう思ってますか?」
「あの、色々心配してくれて優しい女性だと」
「私は心配だけじゃ二人きりで逢いたいとは思わないです」
「ふぇっ」
「私は長木くんが男として大好きだから二人で初詣にも来たし、安全のためとはいえ手を繋げてすごく嬉しいんですよ」
「あわっ」
「大丈夫ですか?」
「はっ、はい」
「繋いでいて良かったですね」
「はぁ」
「ごめんなさいね。驚かせないように慎重に伝えようと思ったんですけど、急すぎるし、声大きいし、本当にごめんなさい」
「あっ、あっ、あの……」
「落ち着いてください。心臓に負担かけちゃいましたか?胸は痛くないですか?」
「あっ、大丈夫です」
「私といてストレスを感じるなら、私はいなくなります。でも、もし長木くんがいいのであれば私と付き合ってくれませんか?」
「えっ、あっ、嬉しいです。ぼ、僕も好きです」
「恋人になってくれるってことですか?」
「でも海原先輩は……」
「大丈夫ですよ。好きではないですし、もう関わることも無いと思いますから」
「わ、分かりました。よ、よ、よろしくお願いします」
告白の前にあなたを誘導してきた、神社の中央を通るゴツゴツとした硬質感のある参道、その脇にある静かで角のない黒みがかった土の上で、柔らかく喜びに浸る。
私でも支えられるほどの重さのあなたでも、好きと伝えた際のあなたの驚きに右手一本だけの繋がりでは堪えきれず、咄嗟に全身で包み込んだ時の感触と横顔がずっと残っている。
冬の匂いも、神社の匂いも、自分自身の匂いも、言葉では言い表せないあなたの微笑ましい香りに影を潜め、以前より距離が縮まったあなたの香りに包まれながら、おみくじという名の階段を昇ってゆく。
カラカラした口の中を潤すという考えを隅に置き去りにし、願いに満ちた歯の食い縛りで、カクカクとした大きな筒にあなたの幸せと私の愛を委ねる。
大吉と印字されたつるりとした紙への喜びに気を取られず、ずっとあなたとしている手繋ぎが、任務という心を許していない手繋ぎから、恋人同士がする愛の手繋ぎに移行していなくても、幸せに変わりはない。
大吉という威厳に満ち溢れた行書体から、あなたの手で添えられるように持たれた紙切れに視線を移すと、堂々としている凶の文字と、どこか寂しげな敏感さが増すという文字がいた。
本殿から遠ざかるにつれて、あなたとの愛の性質の遠さを実感し始め、ネガティブな言動とよそよそしさが目立つあなたにおみくじの凶が追い討ちをかけて、斜め下の顔を見せていた。
義務的な優しさも介護的感覚もない手と手の触れ合いのつもりの私は、指に優しい愛を含んだ圧力を込め、愛が溢れる笑顔であなたの顔を覗き込み、その度に逸らすあなたの正面に、未来での発展途上の関係性がちらつく。
積極的で、暴走しすぎで、親しみやすさを履いて出たつもりが不自然極まりない言動ばかりしてしまってあなたの幸せが見えず、柔らかめの頭痛と喉からさほど遠くない辺りの心臓のモヤモヤを抱いて、あなたとバスに乗り込んだ。
私にはしつこい幸福感が、あなたには私がまとわり付きながら揺られ、萌那へ恋人報告をする際の伝達手段を考えたり、伝えた後の寂しさが反転したような萌那の明るい声の予感にざわめいたりした。
ブザーのような音とプシューという扉の開く音と、それによって起きたあなたの振動とあなたの突飛な叫びが列を成すように次々と発され、萌那に対する思考はパッと途切れた。




