#12 誰も傷つけたくないというエゴ
大画面に映し出された色気ある青年の楽曲宣伝映像の光を頼りに入り、スイッチを押して点いた不完全な光が照らす、4人の関係性では狭すぎる部屋の先へと進む。
窓のある壁と私しか接しない席へと本能の成すがままに私が追いやってしまったあなたの顔には、心から出た笑顔の欠片も僅かに含まれている気がした。
サービスとして部屋に置かれた芳ばしく微かに甘みのある優しい香りのポップコーンに手を伸ばす間も無く、一曲目にそぐわないゆったりとしたラブソングのイントロが流れる。
胸を押さえて下を向きながら苦しがるあなたに気づき、心配を声にしたり、肩にそっと触れることで安心させようとしたが、苦しみの要因であるかもしれない私に、それ以上のことをするという指令は脳から全身に伝達されなかった。
ストレスの渦の中に閉じ込められた私の胸の苦しみに、あなたの苦しみが加担をし、後頭部に縛られたような窮屈さを感じ始めていた。
平等の優しさが一番平和だと信じていたが、開かない窓、しっかりとした扉、音も漏れない外部から遮断された空間では、異変が起きたあなたに一番優しくする以外なく、私にはそうする権限がある。
葛藤から離れ、軽度の気分の悪さを訴えるあなたの深刻化に歯止めをかけようとするも、先輩のマイクを通してのイライラが私とあなたの身体をより怯えさせる。
安全上の問題で、あなたの身体を抱き締めてあげることは出来ないが、あなたの空気や想像上であなたをギュッと抱き締めてあげたい。
キラキラしているピアノの音色に乗った先輩の声は、途中で地面へと方向を変え、ラブもソングも私の耳には一切届かず、ピアノの音色は突然、途絶えた。
「おい、お前らウザいんだけど、全然集中出来ないじゃんか」
「ヒィッ」
「長木くん大丈夫?」
「あのさ、俺が歌ってるときに騒がないでもらえるか?」
「先輩、ごめんなさい。でも、気分が悪そうだから放っておけなくて」
「気分悪いなら、今すぐ帰ればいいんだよ。邪魔だからさ」
「長木くんは私が送ります。また戻ってきますから」
「馬鹿か、何で菜穂が行くんだよ。萌那ちゃんだっけ?お前が送ってけよ」
「大丈夫です。一人で帰れますので」
「萌那ちゃんが送ってくれれば二人きりになれるから俺にはちょうどいいんだけどな」
「……分かりました。あなたみたいな最低な男とは一緒にいたくないので今すぐ玲音と一緒に出ていきます」
「じゃあな。お大事に」
「私にはいくら暴言を言ってもいいですけどね、友達は傷つけないでください!先輩がそんな人だなんて思わなかったです」
「はやく行けよ」
「先輩は菜穂に相応しくない最低男です。菜穂も私と同じことを思っていると思いますよ。さよなら」
「菜穂!また最初から歌うから、俺の歌声、聞いてろよ」
「あの、私……」
「何?」
「誘いをお受けしたのは萌那のためで、先輩が少し苦手なのにOKしてしまったんです」
「そんなん別にいいし、これから好きにさせればいいんだし」
「先輩のことは嫌いではないですけど、好きになることはありません」
「何でだよ」
「積極的な人が苦手なのと、私、好きな人がいるんです」
「誰だよ」
「私は長木くんが好きなんです」
先輩のいる空間と緊張から解放されて足早に歩く曲がりくねった廊下が、迷路のような恋愛が終焉しないことを表しているとしても、クリスマスに付き物の涙でぼやけた視界がこれ以上ぼやけることはない。
ノリノリを手に宿らせながら、とびきりの幸せ顔で部屋に消えてゆく同世代の女性達を、正反対で闇を手懐けかけている私が見つめる。
聖なる夜を家族や女子達と過ごす幸せしか知らない私に、それを越す幸せは存在しないのかと、鼻はむず痒くなり、涙よりも切なさを多く含んでいる成分が溢れ出す。
ポップコーンの程よい塩気、ポップコーンのいつまでも居て欲しいほど心地いい味わい、ポップコーンのザラザラしたほんの欠片たちが口に残っていて、頭にある先輩の積極性に驚くあなたの断片は、悔恨の味がする。
屋根の無い世界に出れば、白ではない透明な空の成分がパラパラと肌を叩き、肌は冷たくなり、辛うじて完璧な雰囲気作りから免れることとなった。
風の演技で美しく乱れた空気は、幟を震わせ、コートを揺らし、雨を斜めに降らせ、カップルを密着させ、相合傘の花が咲く家路で花が咲かせられない私の瞳はよろめく。
家の近辺はさすがに人の気配がなく、瞳に映る主な物体が雨粒な今、軽薄で派手な外見の先輩が傘を持って駆け寄ってきたとしても、寂しさが一粒くらいは消滅するだろう。
雨が押し寄せても動作をそれに対応させることなく、私と途切れたてしまったあなたと萌那の平穏な現状の想像のために脳を働かせ、何度か放ったくしゃみを二人がした噂ゆかりのくしゃみだと願い歩く。
感情の斜め上をいく感情が身体を包み、見え透くような皮膚のあなたに想いを募らせ、柔順な愛に咽びたい気持ちに駆られても、体温は下がってゆく一方。
次々に落ちる雨の線が着地点に当たる時の衝突音と、私から生まれた音だけだった空間に、家から飛び出してきた低い声が近づいてきて、優しく包み込まれた。




