#100 気を遣うほどに愛らしい
太陽が落ち着かないのか、雲が邪魔しているのか、部屋の明るさは天と地を行ったりするように、不安定をいつまでも続けていた。
部屋にいるあなたの輪郭は、くっきりとハッキリとしていて、あなたに今までで一番存在感を見せつけられているように感じ、今までで一番近くにいる気がした。
エンジンを十分に稼働させながら、バイクで力強く進む誰かの姿が、何も意識せずに室内にただいるだけでも、音で感じることが出来た。
しっかりと密接しているあなたの身体の前面の温かさは、あなたの指先の温かさとは種類の異なる、少し荒々しいくらいの熱気を放っていた。
部屋にある黒は黒を力強く主張し、金属部分は光を反射し、目を眩ませるくらいの光を放っていて、その色味も総合的視覚情報も、あなたにかなりよく似ていた。
あなたは不意にこちらを向き、しっかりと私の目を見て、愛の言葉を躊躇わずに、瞳を泳がすことなく伝えてきて、そのまっすぐな想いに、心を鷲掴みにされた。
鼻から息を出しても吸っても、感じるものはスーっと通り抜けるような僅かな痛みを伴う刺激だけで、身体の全ての感覚があなたの愛の麻酔によって抑えられていると、考えるほどだった。
頭で考えて行動するのではなく、あなたのことを想っているだけで、自然とあなたへの行動が付いてきている感覚があり、動いている身体も優しい喜びに包まれていた。
「ねえ?」
「はい」
「男性がリードして女性がそれに付いていくみたいな考えは、私たちから無くしていいよね」
「そ、そうですね」
「私たちは普通じゃないってことで、カップルの概念は取っ払っていいよね」
「はい」
「特殊同士だから分かり合えるものがあるからね」
「はい」
「私、普通の人と全く違うからね」
「はあ」
「人間を愛しているという感覚がないから」
「はあ」
「自分でもよく分からないけど、とにかく玲音は特別ってこと」
「そうですか」
「うん」
「あ、あの。もう少しこのままでいいですか?抱き締めていないと壊れてしまいそうなので」
「うん。少し苦しいけど、このまま気が済むまでずっと抱き締めていていいよ」
「ありがとうございます」
「変人を好きになるんだから、その人は変人に決まっているでしょ?」
大声を出したいくらいの心の高鳴りを、何らかの形で外に出していきたいと思っていたが、あなたの敏感に触れることを恐れて、そっと大切に仕舞い込んだ。
ミックスジュースと緊張を飲み干そうとしているあなた越しに、ペットボトルからのミックスジュースの甘い香りがこちらへとやってきて、優しく綺麗に果てた。
こちらを見ずに飲んでいたペットボトルを、あなたは無言でこちらに渡すように近づけてきて、勢いよく飲んだそのミックスジュースの味は、あなた色をしていた。
テーブルにあるピンクのマグカップの柄はこちらを見ていて、皿の上の真ん丸の赤い林檎にある、ガタガタしたクリーム色の歯形が部屋に映えていた。
あなたは、私の瞳をじっくり見つめたと思うと、壁に向かって話し掛けていたりして、その不安定さが心臓の揺らぎをゾクゾクと増大させた。
気付けば、床に座りながらも、足を複雑に入り組ませている私がいて、ピンとした姿勢を意識するように、とろける私を引き締めて座り直した。
お腹の底から沸き上がる少しの不安感やストレスが、目の内側から刺激して、涙が溢れてきたのと同時に、それを上回るあなたの優しさが溢れてきた。
通知音が鳴ってスマホに手をやり、親指を何度も当てると、私の大好きな歌姫の活動休止を噂する記事があり、そこには電撃引退?の文字も存在していた。
何を失ったとしても、あなただけは失いたくないと強く思い、あなたの肌を舐め回すように見ると、傷や湿疹のないきれいな肌に安心が溢れてゆく。
一旦離れていたが、すぐにくっつきたくなり、私の頭上にあるツインテールごと、頼りなさそうで一番心の頼りになっている、あなたに飛び込むように触れた。
萌那から貰ったデジカメを奥の方から引っ張り出してきて、あなたと出会った日から、カシャッというシャッター音が鳴る今の今までの幸せを、写真一枚にぎゅっと閉じ込めた。
続編『あなたの辞書に『慈愛』という文字はない』に続く




