#10 或る朝の音ある音、音無き音
大半を白が占める小物たちと、両手で掬うように包んでくれている白い布団が目覚めた私の目を癒し、その白が前より暖色系に近付いていることに気付く。
毎朝一番幸せな人間と勘違いして目が覚めるが、今日は待受画面のあなたの顔の下に新着メールありの文字が無いことを機に現実がジワジワと私に滲んできた。
昨日の夜のあなたへの初メールが迷子になっていても、特に香りを放つことのないこの部屋のような文章では仕方のないことで、あなたの香りを引き寄せることなど出来ない。
聖なる夜を控え、あなたではない違う男子のためにクローゼットを開き、引き出しを引き、あなたではない男子のために袖に手を通す作業をひたすら繰り返す。
目は努力しなくとも大きさを維持しているが、欠伸に口を強制的に開かされて、目からは水分が溢れそうになり、私の中のあなたと潤いが出て行かないように必死に戦っている。
真っ白なベッドの上は萎れたカラフルな洋服たちがもたれ掛かって賑やかに染まっていき、模様と色彩の喧嘩が脈々と繰り広げられていた。
箱が鳴り、手に取り、正体が萌那であることに落胆し、クリスマスイブデートのコーディネート案と称して送られてきた3枚の写真の中でポーズを決める気取った萌那に、溜め息の仕方も度忘れした。
画像に気を取られ、続けざまに送られてくる萌那からの文章に対応が遅れ、落ち着きながらゆっくり開くと、私でも心臓が止まりそうになるようなことがサラッと書かれていた。
すぐ画面に触れて耳に持っていくと、萌那に似合わないプルルという呼び出し音は短命に音を響かせ、いつもより半音高い萌那の声がすぐに耳に届く。
「菜穂、おはよう。クリスマスイブにデート出来るとか夢みたい。今日は楽しみだね?」
「あのさ、長木くんも来るってどういうことなの?」
「先輩と菜穂の会話に入れそうにないし、仲間外れが嫌だから誘ったんだけど」
「サッカー部の先輩と私の中に長木くんを入れるなんて地獄だよ。どうなっちゃうか分からないよ」
「冬休み前に菜穂が抱きついてもアイツ大丈夫だったじゃん。好きな女子とハグしても少し乱れたくらいだったんだから大抵のことは大丈夫だよ」
「でも、先輩はどう思うかな?先輩に言ってないよね?」
「うん。先輩も二人で喋りたいと思ってるから、ダブルデートの方がいいでしょ?長木玲音は私が守るから、ね?」
「でも長木くん本当にOKしたの?」
「うん。大勢が来るクリスマス会って嘘ついて、リハビリのためとか慣れさせるためとか理由付けて説得したら来るってさ」
「ドッキリとか一番やっちゃいけないことだからね」
「好きな人とキス以上のことをしない限り心臓は止まらないと思うよ。それに私も菜穂も好きな人とデート出来るんだからそれでいいでしょ。菜穂、心配だけじゃなくて恋もしてるよね?」
「そ、そうだよ。好きだよ。でも私と先輩がペアで、萌那と長木くんがペアなんでしょ?」
「クリスマスイブに一緒にデートすることに意義があるの」
「そういえば先輩がカラオケデートにするって言ってたよ。爆音系大丈夫かな?」
「えっ、知らなかった。言うの遅いよ菜穂!私、完全に仲間外れじゃん。まあ、菜穂の歌は癒されるし、急じゃなくてずっと大きな音が鳴っているのは大丈夫っぽいから」
「そっか」
「先輩が菜穂に何もしないように見張るし、長木玲音は落ち着くように宥めるからさ」
「うん、分かった。萌那、じゃあまた後でね」
「私もアイツのことちょっと好きだけどライクだから嫉妬しないでね。じゃあね菜穂」
ハイペースの瞬きと定まらない視線のせいで落ち着かない目を、数秒前に点けたテレビのおめでたい笑顔に集中させていると、父がノックをして部屋に入ってきた。
女子高生相手にはそぐわない戯けるような振る舞いと服装、強面にはそぐわないフレーズと赤と白、スキンヘッドを隠すように被られた帽子、それら全てが愛らしい。
ベッドに山積みにされた服の前で壁になる私を縫うように顔の位置を巧みに動かす父の身体からは、爽やかの無駄遣いと言うべきフレグランスの香りが走り抜けてゆく。
萌那がした余計なことも、父がした余計なことも、寒がるペットボトルの無味の水と一緒に飲み干して、口の中のモヤモヤを消し、胃を情でヒタヒタにする。
自らの身体を抱き締めたが、あなたに抱き締められた感覚にも、あなたを抱き締めた感覚にも到達することなど不可能に等しく、頼りない身体をギュッと包み込んだあの日の感触を思い返す。
ベッドから目を悩ませる色の煩い洋服をはね除け、膝で制し、恋の邪魔者の如き窓の曇りを手で拭い、胸の苦しさの如き冷たさを肌で感じ、透明な世界を見下ろす。
下には楽天を振り翳す父、そして物悲しさを振り翳す母、それを見る私は100色の絵の具を混ぜ合わせたかのような感情を振り翳す。
急発進をして、決めかけの服も明るい黄色の服も疲れるストライプの服も、拾い上げて元の住み処に寝かし付け、目を刺激しない落ち着いた服を厳選して鏡と身体の間に持っていく作業を始める。
喉に柵も付着物もない盤石の状態となり、歌唱が不能な症状が完治してから初めて歌う夕方デートでの舞台を前にして、各々のパーツが奮起していた。
萌那の積極性を封じる圧倒的な先輩の積極性が乗り移ったかのような今鳴り響いている着信音は、あなたと似てきた私の敏感さに直接触れるようなハッキリとした音だった。
私の消極的をあなたの敏感のせいにしてきたが、あなたが敏感ではなくても昔みたいに積極的になれていないだろう。




