第二章 過去の事件 2.写真
あらかじめ三宅から教えてもらっていた連絡先に電話をすると瑠諏は会う約束をしてくれた。ただし、落ち合う場所で多少の食い違いが生じた。サトウはDead leadves地区の静かな喫茶店を指定したのだが、瑠諏はやましいことがないのなら警察署で会っても問題ないでしょうと正論を言われた。
返す言葉がなかった。
仕事の邪魔をしたくないという配慮なのか瑠諏は昼休みにやって来た。刑事課に残っていた全員の目が噂のアドバイザーに奇異な視線を注いだ。血を舐めて事件を解決した話は原田から発信され、署内を駆け回っている。
「どうも」
えらく不機嫌というわけでもなければ、愛想が良いともいえない無表情を瑠諏は出前のソバを食べていたサトウに向けた。
「まぁ、座ってくれ」
原田が席を外していたので隣に座らせた。原田の性格からすると会話に割り込んでくることも考えられるので、近くにあるレストランの割引券を渡して意図的に追い出した。
パーテーションの上と横から盗み見ようとするいやらしい目をサトウは睨みをきかして退けた。わざとらしい咳払いをして視線がやっと散らばる。
「太陽が出ている時間帯に呼び出して悪かったな」
サトウが冗談めかすように言った。
「一体いつの時代の吸血鬼映画を見た知識で言っているんですか」
瑠諏はサトウのジョークを軽く受け流した。
「まずはこの写真を見てくれ」
サトウは七年前に若い女性が無残にも殺された現在の犯行現場の写真を渡した。瑠諏には簡単ではあるが電話で事件の内容は大筋で説明してある。
「コンクリートの床に黒いシミが残ってますね」
血の痕は被害者の悲痛な叫びなのか、七年経過しても黒いシミとなってコンクリートにしがみついていた。
「そこに残ってる血の跡を舐めて事件の映像を見ることは可能なのか?かなり年月が経っているんだが……」
サトウがはやる気持ちを抑えて訊く。
「鮮明な映像としてどれだけ蘇るかはやってみないとわかりません。この写真を見るかぎり、厄介な作業になることは間違いないと思います」
瑠諏は深刻な顔をして答えた。
「全く見えないということがないのならそれで十分だ。少しでも証拠になるようなことが掴めればそれでいい」
サトウの表情がやや明るくなる。
「警察に血液などの証拠は保管していないんですか?」
瑠諏が疑問を投げかけた。
「警察民営化の初期段階として証拠品の保管は民間企業に委託している。従来の煩雑な手続きによる証拠品紛失を防止するための対策で、いち警察官が閲覧するとなると何ヶ月も先になる」
「証拠品を盗む汚職警官を減らすには合理的ではありますね」
「警察は仕事の量を減らしたいだけなんだよ。社会全体に広がっている倦怠感に汚染されている」
「アメリカ人になってたるんでしまったんですね。行きましょうか?」
瑠諏がさらっと皮肉を言って立ち上がる。
「ああ」と素っ気なく返したサトウは、心の中では瑠諏に感謝していた。