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第一章 最初の事件 3.速攻


 病院の裏口に回転灯の明滅をやめた救急車が停まっていた。

診療時間はとっくに過ぎていたのでER(救急室)を除き、病院は静まりかえっていた。

被害者の両親は寄り添い、肩を落として長椅子に座っている。廊下を挟んだ処置室には、白いシーツを全身にからかけられた息子の遺体が、ストレッチャーに載せられていた。

すでに霊安室に運ばれていると思っていたサトウは、両親がまだ息子の死を受け入れられず、病院側が配慮して処置室に置いたままなのだろうと推測した。

気を遣って二人だけにしているのか看護師たちの姿はない。

 父親の名前は杉内武、四十八歳。大学を卒業してから一度も転職することなく商社に勤め続け、人事部長に昇進したばかり。四角い縁取りメガネと経歴から厳格な父親といった感じを受ける。

母親は杉内早苗。武よりも6歳若くポッチャリ体系。経済面で不自由なく夫に頼っている印象だ。

「この度は息子さんが大変なことに……お悔やみを申し上げます」

 サトウが警察手帳を見せ、できるかぎり気の毒そうな顔をした。 遺族に声をかけるのは苦手だ。

二人は立ち上がり、丁寧に頭を下げて再び顔を上げたとき、父親の武の視線はサトウの後ろへ注がれた。全身黒ずくめの男に釘付けだ。

「彼は吸血鬼なのか?」

 武の尋ね方には不信感が滲んでいる。

 “私は吸血鬼です!”という瑠諏のわかりやすい格好はさっそく捜査に悪影響を及ぼした。

「ええ、彼はアドバアイザーの瑠諏といいます」

答えにくそうにサトウは苦笑いした。

「吸血鬼が捜査協力を……すごい時代になったものだ」

「必然的な時代の流れです」

 瑠諏の余計なひと言は早苗から泣き顔を消して、武の表情を硬くさせた。

「はじめて吸血鬼を見たもので、ちょっとビックリしますな」

 武は慎重に言葉を選んで平静を保った。

「お二人はずっとコンサート会場におられたんですか?」

 瑠諏が不躾(ぶしつけ)な質問をいきなり浴びせた。

「えっ?ええ…」

「当然でしょう」

 早苗は若干迷っているのか歯切れの悪い返答をしようとしたところで、武が割って入りきっぱり否定した。

 さぁ、どうする吸血鬼。

 瑠諏がこれからどう出るのか、サトウはしばらく見守ることにした。

全責任は三宅にあるのだからかまやしない。

「わかりました。でも、息子さんがドラッグを吸っていたことはご存知でしたか?」

 瑠諏は真顔で尋ねた。

とてもじゃないが配慮が感じられない質問の仕方だった。

「浩輔がそんなことするわけないわ!ねぇ、あなた?」

 早苗はすぐに異を唱え、武に同意を求める。

「そ、そのとおりだ。浩輔にかぎってそんなことはしない」

 ほんの少し間をあけて武が答えた。早苗が憤慨しているのに対して冷静だ。

「奥さん、本当に知らなかったのですか?残念ながら現場には白い粉とそれを吸うための道具一式がリビングに残されていました。売人や一緒に吸っていた仲間とのトラブルも考えられるので正直に話してください」

 瑠諏は早苗に視線を投げた。切れ長の目は怯えた獲物を捉えるかのように鋭い。

「本当に、知りません」

 早苗の目には涙。死んだ息子の名誉を守ろうという必死さが伝わる。

「いまここで話すことなのか!」

武が猛然と反発する。

「事件を早く解決するためですよ」

 瑠諏も引き下がらない。

「なんて無礼な奴だ」

「息子さんを殺した犯人は殺害後にソファーにあったクッションを顔にかぶせて撃っています。これは憎しみからかけ離れた行為です。よって犯人はごく身近な近親者ということも考えられます」

「夫とはずっと一緒でした」

早苗が絞り出すように声を出した。

「息子さんが殺された時間の前後に近所で旦那さんを見かけた人がいたり、コンサート会場の監視カメラや係員に旦那さんが会場から出ていく様子を目撃した証言を得れば偽証罪に問われますよ。いいんですか?」

 瑠諏の容赦のない質問に耐え切れなくなったのは武のほうだった。

「わかった。おれはチケットを忘れたことに気づいてコンサートがはじまる前に一度家に帰った。でも、それが息子を殺したことにはならない」

「チケットを忘れた?ということは家に帰られたことを認めるんですね?」

 瑠諏の目が細くなる。

「ああ、そうだ」

武は開き直るように返事した。

「どうしてそんな重要なことをいままで隠していたんですか?」

「疑われると思ったからだ」

「息子さんが殺されたのに、自分の身が心配なんですね」

 瑠諏の言葉が効いたのか武は下を向いて黙った。

「あなたがチケットを忘れて家へ取りに戻ったのは本当かもしれません。しかし、息子さんが白い粉を鼻から吸っているのを見てあなたは怒り、逆ギレした息子さんと口論になった。それがエスカレートして思わず銃で撃ってしまったんでしょうね」

 理解できるかは別にして特殊能力のことを説明もせず、証拠もないのに瑠諏は遠慮なく武を犯人だと断定した。

「な、なにを根拠に……」

 武の声に明らかな動揺が走った。

『根拠というわけではありませんが、自白してもらう情報がそろそろくるころです』

 サトウは病院に向かう車中での会話を思い出していた。運転手は原田、助手席にサトウ。瑠諏は後部座席で窓から後ろに流れていく景色をつまらなそうに見詰めていた。

そして、顔を横に向けたまま口を開いた。

『ひとつだけ頼みたいことがあるんですが』

 態度は悪いが口調はかしこまっていた。

『なんだ?』

 サトウはサイドミラーを覗き込みながら用件を訊いた。

『現場に残っていた白い粉の成分分析を最優先でお願いできませんか?』

『かまわないが、どうしてだ?』

『犯人を自白させるための材料になるからです』

サトウはケータイで鑑識に連絡して白い粉の成分分析を急かせた。

『満足か?』

 ケータイを切ってから、恩に着せる狙いで問いかけると瑠諏は『ええ』と気の抜けた声で返事して有難味(ありがたみ)など感じていない様子だった。

 まぁ、この事件の結末がどうなるかによっては黙っちゃいないがな。

 これからどうするのか、お手並み拝見とばかりにサトウは後ろ手に手を組んだ。

「来ましたね」

 瑠諏が廊下の先から聞こえてくる足音に耳を傾けた。

 小太りの男がぜいぜい息を切らしながらやって来た。茶封筒のような紙質のクリアファイルを手渡したあとも肩で息をしている。

「ごくろう」

 サトウが労いの言葉をかけると、小太りの男は他にも仕事が残っているのか体を揺らして去っていく。

 クリアファイルからクリップに挟まれた報告書を取り出してサトウが目を通した。

少しびっくりするような顔をしてそのまま瑠諏に引き渡す。

 瑠諏は報告書を眺めたあと、クリアファイルを原田に渡して無表情で語りはじめた。

「息子さんが吸っていた白い粉の成分が……わかりました」

 もったいぶった言い方をして瑠諏は間をつくった。

「天然のハッカのメントールが九十九・九パーセントで残りの微量な成分は香料。つまり清涼菓子です。息子さんは粉状のお菓子を吸っていただけなんです」

「な、なんだって!でも、どうして鼻からそんなものを吸うんだ?」

 武は切羽詰って訊く。

「鼻から吸引することをスニッフといいますが、少量でシャキとする気分を味わえる効果もあります。息子さんの場合は映画に出てくる悪役の真似をしていたのかもしれませんね」

「そ、そ……そんな」

 武は絶句して膝から崩れ落ちると早苗が慌てて支えた。

「早苗、すまない」

 武の謝り方は自分に対する情けなさより、妻を労わる感情がこもっていた。

「このままだと息子さんも浮かばれない」

 瑠諏の言葉に反発すように武は背広の内側から銃を出して、早苗のこめかみに銃口を突きつけた。

「あ、あなた?」

 早苗は現状を把握できず、目を白黒させている。

 しまった!凶器に使った銃を持っていたのか!

サトウは腰に巻いているホルスターから銃を抜き、原田もあとに続いて銃を構えた。

「近づくな」

 武は早苗を引きずって後ずさりする。

「奥さんを離すんだ!」

 サトウが銃を向けながら声を張り上げる。

「頼む。一緒に逝かせてくれ」

 武の手は震え、銃がタカタタ揺れている。

「心中はたんなる殺人ですよ」

 瑠諏の表情は冷ややかだった。

「う、うるさい!」

 武がトリガーに力を加えようとしたとき、瑠諏が信じがたい俊敏な動きで武の背後に回った。

そして、耳元で静かに脅迫した。

「首筋に針で刺したような傷痕を残すだけで吸血鬼の烙印を押すことができます。やめてほしかったら銃を捨ててください」

「やれるもんならやってみろ。人間を吸血鬼化したらおまえたちに対する世間の風当たりは強くなるぞ!」

「たぶん吸血鬼は大手を振って外を歩くことができなくなるかもしれませんね」

 瑠諏は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「二人ともやめるんだ!」

 サトウは険しい顔で忠告したが、どちらに標準を合わせるべきか決めかね、瑠諏と武に交互に銃口を向けた。

「どうします?私たちの仲間になりたくなければ、銃を捨てて自首する道もありますよ」

 狙われているにもかかわらず、瑠諏はサトウを漫然と無視して武に問いかける。

「脅すのか?」

 武は眉を寄せた。

「あなたがトリガーを引くのが先か、私があなたの首から血を吸うのが先か勝負しましょうか?」

 瑠諏が酷薄な笑みをたたえて尋ねる。

 それまで顔を横に向けて現実逃避していた早苗のこめかみから銃を離した武は、自分の頭に銃口を移動させた。

バン……銃口から火花が散った。

 誰からも呻き声を発しなかった。

 呆気にとられているのはトリガーを引いた武本人で、銃口を天井に向かって突き上げている。

「ヒヤッとしましたね」

 瑠諏が武の腕を掴んで上に向けていた。

声のトーンとは裏腹に、武の腕を雑巾みたいに絞って銃を手から離した。

落ちた銃を蹴り、リノリウムの床に滑らせながらサトウのところへ届ける。

「自首すれば罪は軽くなったのに」

 瑠諏が悔やむようにぼやく。

 サトウから指示される前に原田が応援を呼んだ。制服警官に両脇を固められ、武が連れていかれる。一度だけ振り返って妻の早苗と視線を合わせた。 “すまない”と謝っている声がサトウには聞こえるよだった。

 早苗が後を追っていく。

「それでは、私もここで失礼します」

 瑠諏が頭を下げて別れを告げる。

「ちょっと待て!背後に回って脅すより、さっさと取り押さえるか銃を奪えばよかったんじゃないのか?」

「自首するチャンスをあげたんですよ」

「吸血息が人間に同情するとは驚きだ」

 サトウは皮肉るように言った。

「同情?違いますよ。自首してもらわないと事件を速攻で解決できませんから、最後まで我慢したんです。いまのところ杉内武さんは病院内で騒ぎを起こした発砲罪と器物破壊罪で警察に連行されただけです」

「あの様子だと息子のことも正直に話してくれるだろう」

 サトウは警察の威信をかけて強気な姿勢を示した。

「それはサトウさんの腕しだいですね」

 言い方は冷たい印象を受けるが、瑠諏の目は笑っていた。


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