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第四章 吸血鬼はうるう年に生まれる 12.残された男たち


 パソコンの画面と睨めっこしてきたばかりのサトウは、自販機から出てきた糖分ゼロの缶コーヒーで喉を潤してひと息いれた。

 目を通していたのは現場から採取した科学サンプルの調査報告書で、瑠諏の棲家で起きた爆発事件のことが文書化されたもの。残留物によりC―4というプラスチック爆弾が使用されたことは間違いなく、爆風約8km/sで隣のビルも半壊状態にしてしまった。 窓ガラスが割れるなど広範囲に及んだ被害だが、奇跡的に人間の死者は出なかった。ただ、地下にあった瑠諏の棲家に二人分の吸血鬼と思われるバラバラの遺体が発見された。損傷がひどかったが落ちていた乱杭歯によって男女ペアだということがわかった。女のほうは宮路由貴と判明、男はDNA鑑定の甲斐なく身元不明という扱いで片がついた。データーベースにヒットする吸血鬼がいなかったからだ。

 上司の三宅は新しいアドバイザーを雇うことを決めた。瑠諏が死んだと決め付けている。

 三宅の言い方や態度で、瑠諏との関係が希薄だったことが裏付ける。いや、会話をしたことがあるのかさえ疑問だ。

 サトウは男のほうの遺体が瑠諏ではないと確信している。バラバラになった男の遺体は八十パーセントの回収率で身長が一五五センチ前後ではないかと推測される。かなりの小柄だ。瑠諏は一八〇以上ある。それに男の左腕の一部が発見されたが、刺青のようなペイントはなかった。そのことを検死官に伝えたが、さっき見た調査報告書にサトウの意見は反映されていなかった。

 あれから一週間。

 瑠諏から連絡はない。

 どうしたんだ、瑠諏……。

 宮路由貴、そしてもうひとつの遺体となった吸血鬼となにがあったんだ?

 考えれば考えるほど脳ミソが複雑に捻じ曲がる。頭をさっぱりさせるためにサトウは缶コーヒーをあおった。

 ガコン……。

「元気ないっすね」

 自販機の取出口に手を伸ばしながら、原田が声をかけてきた。イチゴの上にミルクがたっぷりかかっている絵がプリントされた見た目にも甘そうな乳飲料を手に取る。

「瑠諏は心中したんですかね?」

 原田が無神経で無知な質問をしてきた。調査報告書をちゃんと読んでいないのだろう。

「どうして、そう思う?」

 原田の考えを正す意味をこめて、サトウがやや語気強めに訊き返す。

「宮路由貴が瑠諏の家にいたってことは、それなりの関係だったということじゃないですかね」

 原田の発想は短絡的だ。

「瑠諏は自殺するような奴じゃない!」

 サトウは苛立ちを抑えることができず、声を荒げた。

「す、すいません」

「いいかよく聞け。利己的で繊細な神経を持ち、複雑な悩みを抱える生き物だから自殺を正当化しようとする人間が、おれからすればどうかしている」

「そ、そ、そうですね」

「人間以外の動物は本能的に自殺ということは考えもしないんだよ。人間が地球上で一番の下等動物さ」

「は、はい」

「調査報告書をさらっと流す程度に読むのではなく、その裏に潜むものをつかまないと真実に辿り着けないぞ」

 サトウは人差し指で原田の心臓の辺りをトントンと突いてから、缶コーヒーをゴミ箱に入れた。

「どこへ?」

 刑事課とは逆方向に歩いていくサトウの背中へ原田が声をかける。

「決まってるじゃないか。瑠諏を捜しに行くんだ」

 サトウの言葉には凛とした決意が感じられた。

 警察署から表に出たサトウは夜空に向かって思いをはせた。

 瑠諏も同じ夜空を見ているのだろうか?

 それとも血を舐めて淫らな人間の世界を観客席から見ているのだろうか?

ひょっとすると吸血鬼のアイデンティティーを探しに夜の街を彷徨っているのかもしれない。

“絶対に見つけてやる!”

 サトウは独特な秩序が飛び交う街へ足を踏み出す。

「警部補、待ってください!」

 振り向くと原田が駆け寄ってくる。

「なんだ?」

 サトウは不機嫌そうになる声を押し殺す。

「ぼくも瑠諏を捜します」

「仕事は残ってないのか?」

「事務の仕事はいつでも速攻で解決できますから」と原田が微笑む。

「そうか」

 サトウは穏やかな笑みをこぼした。


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