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第一章 最初の事件 1.サトウ警部補の憂うつ

 血で染まった絨毯が事件の凄惨さを物語っていた。

 マイケル・サトウ警部補は血を避けながら現場となったリビングに足を踏み入れ、一瞥すると眉間に深い皺を寄せた。

錆くさい臭いが部屋中に充満して居心地は最悪。

 ビール瓶が割れて破片が散乱して真新しいベージュの壁紙には、大量の血がへばりついていた。 狂った絵描が自らの駄作に嫌気が差して、赤い絵の具をぶちまいたように一種の芸術作品に仕上げている。

 血を流していた被害者が救急車で運ばれたときまだ脈はあったらしい。被害者は頭と背中に銃弾を受け、いずれも至近距離から発砲されたもの。頭部は貫通射創で致命傷になるかもしれない。

 日本がアメリカの五十一番目の州になって銃を使った犯罪は後を絶たない。

しかもここDead leadves地区では、おもちゃ同然に銃を扱う愚か者が急増している。先週は買ったばかりの限定フィギュアを地下鉄駅で置き引きにあった直後、盗まれた若者が容赦なく銃を撃ちまくって無関係な通行人を流れ弾で巻き添えにさせてしまう痛ましい事件が起こったばかり。

 アメリカ本土にならうように、銃規制を緩和したことが原因。 法律、通貨単位、なにからなにまでアメリカの言いなりだ。 国の膨大な借金をアメリカに背負ってもらい、一時的に得る安堵感のために大切な文化や治安を失った。

 日本州が誕生してから独特な文化を持った若者が集うDead leadves地区が最初にアメリカ的な思想を植え付けられた地区だともいえる。電車から駅に降りれば価値観を押し付けられる。PCの部品を米粒のようなネジから揃えられる街。経済が冷え切った日本州で唯一活性化した賑わいをみせるDead leadves地区にはびこるのは欲。その欲を手に入れるため、事件は多種多様に広がり、増殖する。

 そして、なにより“奴ら”が人間社会に溶け込んでから未解決事件が増えているのは考えすぎなのだろうか?

 口に出してそれを言うと差別だと訴えられかねない。

 サトウがDead leadves地区に配属されてから “奴ら”が事件に関わった証拠を掴んだことはない。“奴らは絶対、人間に手を出さない”が常識になりつつある。

 すでに現場保存作業を終えてた鑑識課で、巡査課長の安本がリビングにやってきてサトウに声をかけてきた。

「判別するのに2週間はかかる」

 心なしか小さい声で報告をする。

「被害者のDNAと一致しない血痕を探すのに、そんなに時間がかかるのか?」

 サトウは年上の安本に穏やかに注文をつけた。

 指紋偽装など容易い世の中になって一番信憑性のある証拠は血液。

「なるべく早く報告できるようにする」

 安本は額の冷や汗を拭った。

「犯人がケガをした可能性だってある。怪しい奴のDNAが見つかれば犯人逮捕への近道になる」

「わかった」

 不満顔を残さず安本はサトウから離れていった。

 事件は三時間前、閑静な住宅街で大学生が自宅で何者かに撃たれた。複数の銃声と悲鳴が聞こえ、近所の人が警察へ通報した。最初に到着したのは近隣の派出所に勤務する警官で、駆けつけたときには壁、テレビ画面、真っ白いソファーなどに血が飛び散っていた。犯人らしき姿は目撃されていない。

 手掛かりになるようなものといえば微量の白い粉。リビングのテーブルに残されていた手鏡に付着していた。友達とドラッグをやっていてその友達と喧嘩したか錯乱して銃を撃ったのかもしれない。

凶器に使ったと思われる銃は見つかっていない。

金品など盗まれたものがあるのかどうか確認がとれてないので、強盗や恨みによる犯行なのかもいまのところ不明だ。

鑑識から具体的な報告があがってこない以上、聞き込みなどの地道な捜査をするしかない。

「うわ~ひどいですねぇ」

 お気楽な感想をもらして現場にやってきたのは、巡査長の原田だった。

 その反応を見てサトウは微笑みながら言った。

「慣れてきたな」

「そうですか」

 原田は頭を掻いて照れた。

「初めて二人で担当したバラバラ殺人の現場でおまえ吐いたからな」

 サトウがからかうように言う。

「あのときはちゃんと我慢して現場から離れて吐きましたよ」

「あたりまえだ」

 原田が両手で口を押さえながら走っていく姿を思い出して、サトウは噴出しそうになった。

「でも、これだけ事件が続くと、家に帰れる日がいつになるのかわかりませんね」

「そう愚痴るな。ところでなにかわかったか?」

 原田はメモ帳を捲った。

「電話で確認したところ、被害者はここの杉内家の息子で、Y大学の教育学部に通う21歳の杉内浩輔に間違いありません。3人暮らしでご両親はクラッシックのコンサートに出かけていまして、いまは搬送先の病院に向かっています」

「他に情報は?」

「斜め向かいの家に住んでおられる近藤さん宅の奥さんの話だと、午後7時くらいに大音量の音楽が杉内家から流れてきて、近所から男の声で “うるさい!”と叫んだそうです」

「その叫んだ人物を特定しろ」

「はい」

 原田はメモ帳をポケットにしまった。

「おれも聞き込みに回るか……」

 サトウがリビングから出ようとするとケータイの着信メロディーが鳴った。

流れてきたのはベートーヴェンの『運命』。

 原田は笑いをこらえるため、サトウに背を向けた。

 サトウは着信音でかかってくる相手を区別しているので、『運命』が流れた時点で原田には誰なのかわかっていた。

「はい、サトウです」

『どんな感じだ?』

 電話の相手は直属の上司である刑事部長の三宅で、微妙に甲高い声はストレスを誘発させるときもある。

「悲惨なものです」

『そんなことはわかっている。聞きたいのは、事件の解決にどれくらい時間がかかりそうなのか、見立てを聞きたい』

 三宅の言葉はいつも棘々しい。

「事件は……解決させますよ」

 サトウは苛立ちを抑えて冷静に答えた。

『頼りない答えだな。わかった人員を増やそう。すぐにアドバイザーをそっちに向かわせるから、もう少し現場で待ってろ』

「アドバイザー?」

『吸血鬼だ』

 吸血鬼……どうして“奴ら”なんかと一緒に捜査を?!

「ちょっと待ってください。おれは化け物と捜査なんか……」

『背に腹はかえられないんだ』

 三宅は言葉をかぶせてきてサトウの意見を受け付けない。

「一週間くれたら事件に目星をつけます」

『それだと困るんだよ。今回のような事件は、早く解決してくれないと事件はたまる一方だ。おれも上から尻を叩かれているんだよ。このままだとリストラの対象にされちまう』

「わかりました」

 サトウは抑揚をつけずに返事をしたあと、ケータイを切った。

顔がアジア系なのに名前がマイケルとつけられたことで、子供の頃のサトウはいじめの対象として格好の標的にされた。顔に泥を塗られ『黒人にしてやるよ!』と屈辱を受けたこともある。あだ名は“太平洋”で日本とアメリカの間にある海、つまり中途半端な存在という意味でつけられた。地道に勉強してやっと警部補にまでなれたこの地位を易々と手放すわけにはいかない。

2年後に警察の民営化がほぼ決まっている。クビを切られるのは高給取りで事務職のキャリア組が妥当なのに、どうやら真っ先に減らされるのは下っ端の警察官らしい。住民から不安や批判は高まるが、その対策として “奴ら”を雇う計画が浮上している。報酬は血液。これほど安上がりな労働力はない。現在は試験段階でアドバイザーとして時々力を貸してもらっている。

「おい、原田!」

 サトウは八つ当たりに近い衝動で大声を出した。

「は、はい」

 原田が緊張した面持ちで背筋を伸ばす。

「聞き込みはいったん中止だ」

「はっ?」

「これから現場荒らしがやってくる」

「現場荒らし……ですか」

「アドバイザーとして奴ら、いや、吸血鬼が捜査協力してくれるんだとよ」

「吸血鬼……」

 もっと詳しい経緯を知りたかった原田だが、いまのサトウを刺激するのは好ましくないと判断して質問するのをやめた。

 それにしても事件が起こることを予測していたみたいに、根回しが早いな。

 サトウは納得できない感情を、どこで爆発させたらいいのか迷っていた。


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