第四章 吸血鬼はうるう年に生まれる 2.瑠諏の憂うつ
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瑠諏は目まぐるしく変わる舞台についていくのがやっとだった。
男子高校生が主役の舞台かと思ったら、酔っ払っているサラリーマンが街を徘徊しながら反対方向からやってくる若いカップルに絡んでいく。回り舞台によって転換する速さは、渦巻きが光速で回転する映像を見ている感覚と変わらず拷問に近い。これだけ激しいセットチェンジは瑠諏にとって初めての経験だった。
いったいどれだけの人間の血を吸ったんだ?
宮路由貴は男ばかりを言葉巧みに誘い込むと血を吸う。血を吸われた男たちは白目を剥いてバタッと倒れ、それきり動かない。さらに早変わりのスピードが上がる。スライドショー並みに人間が襲われるシーンが立て続けに流れる。遠心力がかかったように赤いビロードの椅子の背凭れに背中を押し付けられ、気持ち悪くなってくるのを瑠諏は自覚した。
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瑠諏がベッドから上半身を重そうに起した。
「清潔そうな白い天井と床、消毒液のニオイと整然と並べられたベッド。どう見てもここは病院ですね」
「気分はどうだ?」
壁に寄りかかっていたサトウは、組んでいた腕を解いて訊いた。
「まるでジエットコースターに乗っている気分です」
「頭がフラフラするのか?」
「まぁ」
瑠諏は疲れ気味に微笑をこぼす。
「宮路由貴の血を吸ってから四十分経ったんだが、ずっと舞台を見ていたのか?」
「ええ、とても楽しい舞台を見せられました」
瑠諏は自分の特殊能力に嫌気が差すような言い方をした。
「病院に運びはしたが、医師は二の足を踏んで処置はしなかった」
「なにもしてくれないほうが助かります」
「吸血鬼の血を吸うと長時間舞台を見ないといけないのか?」
サトウは素朴な疑問をぶつける。
「宮路由貴の場合は特別かもしれません」
「夫からもらう血液バッグでは足りず、人を殺していたということか?」
「舞台を見る限り、数えきれない人数分の血液を補給しているかもしれません」
「そうか……」
サトウは言葉を失う。
「男ばかり狙っています。人間を吸血鬼化する量を飲むだけでは飽き足らず、残りの一滴まで吸っています。Dead leadves地区の殺人事件の数は年間でどのくらいですか?」
「二〇〇は超えている」
「多いですね」
「銃規制が緩和されたからな」
「銃を使わず、首筋などに歯型のような傷を残した殺人事件は?」
「Dead leadves地区では過去に一件もない」
サトウが断言した。
「おかしいですね」
「吸血鬼の犯罪を誰かがもみ消しているのかもな」
「ここで話すには危険な案件ですね。やめましょう」
瑠諏がDead leadves地区の深い闇の部分に触れようとするのを避けた。
「今回の事件はとりあえず宮路晋吾を見つけることができた。おまえが得意の速攻で片付いたな」
サトウが冗談めかして言った。
「原田さんは大丈夫なんですね?」
瑠諏はサトウの目を見ないで尋ねる。
「元気だ。なんともない」
「宮路由貴はどうなりました?」
「それが……わざわざ連邦捜査官がやって来て連れていったよ」
サトウはお手上げとばかりに両手を広げ、大袈裟なポーズを取った。
「連邦捜査官?」
「FBIのほうがわかりやすかったかな。すでに日本州の警察組織はアメリカに呑み込まれているんだよ。日本州の警察が真っ先に民営化されるのは実験的要素が大きい」
サトウが警察組織の現実を嘆く。
「言いなりなんですね」
瑠諏は白い歯を見せた。
「宮路由貴を横取りする説明もなしに、身分証を突き出すと無言で連れ去った」
「どこに行ったのか見当がつきませんか?」
「噂なんだが、第二種人間招待施設という処刑場所があるらしい」
サトウは再び腕組みをしてから口を開いた。
「第二種人間って……」
「吸血鬼のことさ」
「どこにあるんです?」
「おれが知りたい」
サトウは苦笑いをして逃げた。
「お気遣いはいりませんよ。過ちを犯した吸血鬼がどんな卑劣な扱いを受けていても驚きませんし、第二種人間と分別されているのも想像の範囲を超えてませんから」
瑠諏は口元を緩めて穏やかな表情で受け入れる姿勢を見せた。
「本当に知らないんだ。うちの署で噂程度に流れただけで、笑い話にもならなかった」
サトウは笑みを返して否定した。
「そうですか」
瑠諏は残念そうに視線を下ろす。
「約束はできないが、少し調べてみる」
サトウが前向きな姿勢を示す。
「ところでサトウさんは仕事に生きがいを感じてますか?」
瑠諏が事件とは無関係な質問を唐突にしてきた。
「仕事で生きがいを見つけるのは大変だな」
単純なようで奥が深い質問をされたサトウは戸惑い、答えを横道に逸らした。
「そうですよね」
瑠諏の相づちには元気がなかった。