第四章 吸血鬼はうるう年に生まれる 1.誕生
20XX年、地中深いコンクリートで固められたトンネルに一種異様な生き物が存在した。
半円状に積み上げられたレンガ造りのトンネルは、透明度が欠落して異臭を放つオレンジ色の雫を隙間という隙間から雨のようにポタポタ降らし、不快な湿気を充満させていた。衛生さの欠片もない水滴で背中が濡れても、その生き物は気にする素振りを見せない。暗闇での生活が長いのか眼がなく、視覚の存在を否定していた。背中には二枚の羽が付いているが、体の大きさからすると頼りない。突き出た乱杭歯の先から粘性の透明な液体を垂らすと、闇よりも黒い体とは対照的な真っ白い卵を口からガムでも吐き出すかのように「ペッ」と生み落とした。
涎の膜に包まれた卵は、ほどなくすると内側の力でヒビが入り、殻が割れてオギャーとは泣かずにすすり泣く人間そっくりの赤ちゃんが姿を現した。泣き声に合わせて眼の色が黒から赤へ点滅している。その様子を懐中電灯を照らして見ていた女は、卵の殻を丁寧に剥がすと赤ちゃんを抱きしめた。
「人間の赤ちゃんよりかわいい」
女の声は喜びに浸った。
体と不釣合いな羽を持つ生き物は、さらにもうひとつ卵を産み落とした。そのトンネルは何のために使われ、現在誰が管理していなければいけないのか知る者がおらず、そこで起きた出来事はトンネルの暗さと同じく、しばらく闇に葬られた。