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第三章 行方不明者捜索 4.急転


「家宅捜索の許可は?」

 倉成の部屋の前に立ったとき、瑠諏が尋ねる。

「こっちは行方不明者を捜してるんだ。問答無用で強行突破する」

 威勢がいい言葉とは裏腹にサトウはやさしくチャイムに触れた。

「なんだよ、またさっきの刑事さんか」

 倉成がドアの隙間からうんざりした顔を出す。

「すまんな」

「なんの用です?」

「聞きたいことがある」

「だからなんです?」

「これは君の家にあった絆創膏だな」

 サトウは瑠諏が宮路家の書斎で見つけて舐めた絆創膏を見せた。

「そんなのどこの薬局でも売ってるだろ」

「この絆創膏は宮路晋吾の家にあったものだ」

「誰だ?宮路晋吾って?」

 倉成は首をかしげたが、口元からわずかに白い歯がこぼれていた。

「さっき来たとき、ケータイで写真を見せた男の名前だよ。もう一度見せようか?」

「別にもう見たくない。ところでその絆創膏がおれのものじゃなかったらどうやって詫びるつもりだ?」

「その心配には及ばない。開けろ!」

 サトウが低い声で高圧的に出ると、倉成はすんなりドアを開放した。潔白だと証明したいらしく、家宅捜査の令状を見せろとも言わない。

「失礼する」

「勝手にどうぞ」

倉成の自信ありそうな表情は瑠諏が横をすり抜けようとすると急に消えた。どうやら一瞬でただならぬ気配を察知したらしい。

「なにか顔についてますか?」

 じっと見られていることに気づいた瑠諏が、楽しそうに倉成に尋ねる。

「あんた警察の人?」

「いいえ、アドバイザーです」

 なにも正直に答えることはないのにと思いつつ、サトウは部屋を物色する。

「夏なのにどうして黒一色なんだ?」

 倉成はあらかじめ答えを知っているかのような訊き方する。

「吸血鬼だからです」と言ったあと、瑠諏は鼻で笑った。

「本物の吸血鬼……」

 倉成は体を壁に擦り付けて瑠諏を通そうとしたとが、ロングコートの裾が触れると顔を引きつらせた。

「逃げたら咬みますよ」

 瑠諏のひと言で倉成は動けなくなった。

 サトウがトイレ、バス、押入れの中を見て宮路晋吾がいないか調べたが、人間を隠すだけのスペースはなく、ゴミやひと昔前のパソコンの基盤などガラクタが散乱していた。

「宮路晋吾さんをどこかへ拉致してるんじゃないのか?」

「だから知らないと……」

「諏諏、頼む」

 サトウの指示で口の端からグググッと乱杭歯を伸ばして瑠諏が倉成へ歩み寄る。

「ちょ、ちょっと待て、警察がそんなことしていいのかよ……う、訴えてやる!」

「訴えてもいいが、その前に吸血鬼にされるぞ」

「なんて奴らだ」

「宮路さんが勤めている血液銀行から血液バッグを盗んでいることを知ったおまえが、お金を要求して強請っていたことはわかっている。宮路さんはどこだ?居場所くらい知っているんじゃないのか?」

「金額は一〇〇万ドル。いや、血液を取り戻すという条件つきで半額にしたんでしたね」

 瑠諏がサトウの質問に具体的な内容を付け加えた。

「どうして金額ことまで知ってるんだ?そうか、盗聴器だな!」

 倉成は押入れをゴソゴソ漁ると、ハンディレシーバーを手に取り操作をはじめるが、ピィーというインバーター音のノイズが無機質に繰り返されるだけだった。

「そんなことしても無駄だ」

 サトウのひと言が拍車をかけたのか、倉成はハンディレシーバーを両手で握り締め、緑色の液晶パネルを見詰める目に熱が入る。警察による違法捜査の証拠を掴むため、周波数を合わせようと必死だ。

「くそぉ~」

「そんなデジタル的なことをしても、我々の捜査手法は理解できません」

 瑠諏の言葉を聞いて、倉成は困惑の表情を浮かべる。

「宮路さんはどこだ?」

 サトウが睨んで訊く。

「だから知らないって!」

 倉成は力強く否定する。

「お金を渡す意志を示すまで、どこかで拷問してるんじゃないのか?」

「そんなことはしない」

「信用できないな」

 サトウの容赦のない追求は倉成の抵抗力を失わせ、黙らせる効果があった。

「どうする?そろそろ血を吸うか?」

 サトウが愉快そうに瑠諏へ尋ねる。

「そうですね。献血後の舞台が見られるかもしれない」

「例えば宮路さんが登場する場面に絞って見ることはできないのか?」

「まだ自分の能力を一〇〇パーセント把握してませんが、やってみます。スポーツ用品店のおばあちゃんのときは成功しましたけど」

 瑠諏がいくらか自信なそうに話す。

「なに言ってんだ?」

 不安そうな倉成をよそに、瑠諏はピンク色のペンケースから針を出した。

「人間が吸血鬼になる瞬間に立ち会えると思ったのに残念だ」

 サトウの意味深な言葉に気を取られていた倉成は、手の甲に針を刺された瞬間を目で見ることができなかった。

「いま、なにをした?」

「別に」

 瑠諏はそう言いながら針の先端に付いた血を舌の真ん中に密着させ、指先針をクルリと回転させてすべての血を舌で舐めきった。

                  ★

                 ★

                  ★

 赤を基調とした劇場に例のごとく座らされている瑠諏は、視線を舞台に集中させた。

登場人物が少なく動きが少ない舞台だった。事件に繋がるヒントが必ず隠されていると信じて見ていないと、わずかな変化に気づかず見過ごしてしまいそうだった。

 倉成が軽自動車に乗り込み、ある一軒家を見詰めているだけの風景。

 宮路家から十メートルくらい離れた地点に車を停めている。

 砂糖がたっぷりかかった菓子パンを食べ、コーラを飲み、大きな欠伸をしながら宮路家を見張っている。延々と倉成の車上生活の一人芝居を見せられた。宮路晋吾が出勤するために家を出るとき、帰宅するとき、大きな体を隠しながら様子を見ている。

新たな登場人物が出てくる兆しもなく舞台は静かに幕を閉じた。

                  ★

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                  ★

「軽自動車を所有してますね?」

瑠諏は舞台を見終わったあと、眉間に深い皺を刻んだまま倉成に尋ねた。

「わ、悪いのかよ」

 倉成が怯えながら答える。目を赤くしてなにかにとり憑かれたような表情で突っ立っていた瑠諏の姿が、不気味だったようだ。

「ナンバーはNのKJ―502に間違いないですか?」

「免許を持っているおれが、車を運転したら駄目だっていう法律でもあるのか?」

「その車が宮路家付近で目撃されている情報があるんです。そうですよね、サトウさん?」

「ああ、おまえの車の目撃情報は立証済みだ」

 サトウは急に尋ねられたが、瑠諏が血を舐めて見た舞台に関連づけて芝居を打ってきたことを把握して、なんとか調子を合わせた。

「ずっと宮路家を見張ってたのは認めますね?」

 瑠諏は強い口調で尋ねる。

「せ、先週までな……それが犯罪になるのかよ」

 倉成はうろたえながらも自分が潔白であることを主張した。

「宮路晋吾さんは朝会社へ出かけてから、真っ直ぐ家に帰る生活を続けていましたか?」

 瑠諏はさっき見た舞台を思い出して訊く。宮路晋吾は決まった時間に家を出て決まった時間に帰るという面白味のない生活を本当に繰り返していたのか、再確認する必要性があった。

「生真面目な男さ。休みの日も一歩も外へ出ない」

「他の人との接触はなしか……」

 瑠諏の目に光が宿った瞬間を、サトウは見逃さなかった。

「なにかわかったか?」

「だいたい絞れてきましたよ」

「本当か?」

 サトウの声が上擦る。

「彼は宮路晋吾さんを拉致していません。居場所を知らないのは本当だと思います。宮路晋吾さんの犯罪をPC一台で知り、脅すことによって屈服する人物なのか張り込みして見極めていた……そうでしょう?」

 倉成はなにも言い返せない。

「恐喝の容疑で逮捕する」

 サトウがポケットから手錠を出す。

「恐喝なんかしていなぃ」

 自信がなくなったのか語尾が尻すぼみ。

「事情はゆっくり署で聞かせてもらう」

 観念した倉成を車に乗り込ませたとき、サトウのケータイが鳴った。原田からだった。

『由貴さんが家を出ました。後をつけます』

「買い物か?」

『それが……』

「どうした?」

『黒いワンピースを着て家を出たので、買い物に行く格好には見えませんね』

「葬式か?」

 サトウは瑠諏を盗み見た。由貴が吸血鬼を毛嫌いするような言い方をしてからそんなに間がない。すぐに瑠諏と同じ黒い服を着て外を出るなんてちょっと理解しがたい行動だ。

『いま手を上げてタクシーを拾いました』

 原田が早口で報告してくる。

「すぐに後を追えるか?」

『はい、タクシーを捕まえます』

「由貴さんを乗せたタクシーはどっちの方角へ向かった?」

『FL街道側のロータリーに入りました』

「随時連絡をよこせ」

『はい』

 ケータイを切ってから数分後に、再び原田から慌しい声で連絡がきた。

『タクシーはK―7通りを東に走っています』

「どこに向かってるんだ……」

 サトウはケータイを切ると、苦虫を噛むような表情をしてハンドルから手を放した。

倉成の住む商業ビル兼マンションから車は安易に動けず、後部座席で瑠諏と倉成が行き先の定まらない車内の空気感を共有していた。瑠諏は窓の外に視線を泳がせ、倉成はドアの取っ手に繋がれた手錠を煩わしそうにカチャカチャ動かしている。

「動くな!」

 サトウが叱責すると、倉成が顎を引いて息を止め、体を硬直させた。

海の底のような静かな車内でケータイが鳴るとサトウは焦るように問いかけた。

「いまどこだ?」

前回の電話から三十分以上経過していた。

『SG地区の住宅街です。住所はSG区6―8―72、木造の古い一軒家に入っていきました』

「わかった。すぐに向かう」

 電話を切ると同時にサトウはアクセルを踏んだ。

 すぐにまたサトウのケータイが鳴った。

『警部補、家の方から男の声が聞こえてきました。様子を見てきます』

 原田は緊急事態を報告すると一方的に切ってしまう。

「おい、ちょっと待て!」

 サトウはプープーという虚しい音に呼びかけた。

「無茶しなきゃいいが……」

 サトウからは苛立ちがかき消され、部下を心配する上司の表情へと変わっていた。


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