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KANREKI SYNDROME  作者: 秋月しろう
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色々考えているうちに、喜びが大きな不安へと変わり始めました。暗転という言葉が頭に浮かびました。今さっきまでスポットライトを浴びていたはずの私は、一瞬にして、暗闇の中に置き去りにされたみたいでした。真っ暗でしんとした舞台の上で、ただ一人、うちひしがれている自分の姿が浮かびました。そして、それと呼応するように、ゆっくりと言いようのない不安感が襲いました。じんわり押し寄せる色のない不安は、私を宙に漂わせ、時間をねじ曲げ、漆黒の宇宙空間に連れて行き、投げ出しました。……眩暈がします。力が入りません。何も見えません。口の中が乾き、吐き気を覚えました。頭の中ががらんどうになり、放電してしまったバッテリーのようになって、何も考えることができなくなってしまいました。私はおかしくなったのでしょうか。

しかし、一方、自分が変貌したという確たるものは私の中からどうしても取り去ることはできませんでした。そして、この相矛盾し、分裂した二つの自己はますます私を苦しめました。


もしかしたら、世の中には私みたいな体験をした人がいるかもしれない。祈るような気持ちでインターネットで検索しました。奇跡、若返りなど思い付いたキーワードをいくつも入れて、何度も何度も検索しました。しかし、ヒットするのはビューティーサロンとか化粧品や健康食品のサイトばかり。私のような経験をしている人は見つかりません。

と、あきらめかけていたとき、たった一つだけ興味あるサイトを見つけたのです。それは、あちこち検索していて、画面のどこをどう押さえたのか、急に現れたホームページで、「KANREKI SYNDROME」と題された論文が載せられていました。正確に言うなら、そのサイトにはその論文しか掲載されていませんでした。執筆者もわかりません。


「……以上の如く人間とは誠に不思議な生物で、私がKANREKI SYNDROME と呼ぶ現象もその一つと言ってよい。 還暦は60年に一度、おそらく人間が生涯にただ一度だけ経験する貴重な年である。暦が一巡して新たな暦が始まるということで、あたかも自分自身が生まれ変わったかのような気分を感じることがある。特にこれまでの自分を絶つが如く過去と決別し、新しい自分として生まれ変わりたいという願望が極度に至る場合、ごく稀に実際、身体が若返ることもある。しかし、それは個人的な純粋心的空間にのみ顕現され、他者にはまったく知覚されない。また、その状態がどれくらいの期間持続するのかは個人差があるようで、数日で元に戻る場合も、数年間持続する事例も報告されている。このKANREKI SYNDROMEを病的なものと見なすかどうかは議論のあるところだが、私は病的なものとは考えない立場を取る。……」


……そうでした。

私が完全に変貌を遂げた日は確かに一月十日。六十歳、還暦の誕生日でした。自分としてはそんなに強く過去との決別や再生を願ったつもりはなかったのですが、もしかしたら無意識の奥の奥で、これまでの人生を反故にしてでも新しい一歩を踏み出したいという激しい願望があったのかも知れません。私の深い深い心の底で、真の再生を願う気持ちがドロドロとした灼熱の溶岩となって何とか噴出できる機会を窺っていたのかも知れません。いいえ、こうして言葉にするとそれが本当の気持ちであったように思えます。夫や息子、それはもちろん私にとって大切な意味のある存在です。しかし、それだけが私の一生のすべてではありません。還暦という新たな転機を得て、自分として、もう一度「何かを生きなければならない」、そういう思いに目覚めたからこそ、私は生まれ変わったのではないでしょうか。


誰が何と言おうと、今、私はあきらかに変わったのです。奇跡は起こったのです。

他の人にはわからないでしょうが、自分の中では、瞼に朝の眩しい光を感じるように、はっきりと自覚できるものがあるのです。


しかし……。

眩しい光りを感じたその後から、何かがゆっくりと瞼の上を覆い、瞬く間に私の心の中に灰色の種を蒔き始めました。うれしさとは真逆の気持ちが芽を出し始めたのです。それは自分を否定するような感覚でした。見事に若返った自分を感じること、それは喩えようがないくらいにうれしかったのですが、一歩引いて考えてみると、自分一人だけ若返った感覚で生きることが、これからの人生において本当に幸せなことなのだろうかと思えてきたのです。何だか一人ではしゃいでいるように思えて、静かな池のおもてにやたらと小石を投げてうれしがっている滑稽な自分がいるようにも思えてきたのです。自分の身体の感覚と周りの人たちとの認識のギャップがあまりにもかけ離れていることで、自分は人に認められていないのだと感じたりもします。

この大きな違和感をどう処理すればいいのか。私には分からなくなりました。

自分だけが自覚できる若さを感じながら生きていくのがいいのか、それとも、六十歳の現実の身体を感じる方が幸せなのか。でも、仮にそう思っても今さら、この身体を元に戻すことができるのか。


もう一度、ネットで見つけたサイトを見てみよう、何か書かれているかも知れない、そう思って履歴を辿りましたが、「見つかりません」の表示が出てくるだけでした。

このKANREKI SYNDROMEはいつまで続くのか分からないとありました。生涯続くかも知れないし、もしかすると明日、元の私に戻っているかも知れない。


私が強く望めば以前の身体を自覚できるようになるのでしょうか。夫も、息子もそんな私の方を望むのでしょうか。

あの人にも、このことは話していませんが、この私を見てどう思うだろうか? いや、ひょっとしたら、あの人だけにはこの若返った私の姿が見えるかも知れない……? とてつもない空想だけれど、打ち消す後からまたむくむくとそんな考えが湧いてしまいます。もしそれが本当なら、元に戻りたくない。


堂々巡りの考えが頭の中をグルグル回り、バターのように溶けてしまいそうでした。

戻りたくない、戻りたい……花占いのように何かをむしって占いたい気持ちです。


今はまだ、元に戻る兆は見えません。

しかし、明日、目覚めた時、私はどうなっているのかわかりません。

どちらがよいとも決めかね、また、自分ではどうにもできないもどかしさを覚え、今日も私は寝つきの悪い夜を迎えるのです。


                 (了)


この作品は、5年前、私の知人が還暦を迎えた時、プレゼントとして創作したものです。

もちろん、完全なフィクションですが。

その時の作品に少し手を加えて、今回投稿させていただきました。

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