表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この想いは  作者: 細波
9/18

9.

「どうしたの? なんか、元気ない?」


今日は絵美と二人でショッピングに来ている。

夏物のセールが始まったので、お小遣い片手に早速くり出したのだ。

いまは一段落してランチ中。絵美は烏龍茶を、私はアイスティーを飲みながら、食後のデザートをつついている。


「んー、そんなことないよー」

「はい、うそー。絵美さま舐めんなよー」


ストローを私に向けながら、絵美は確信に満ちた声で言った。

ちょっ! ストローから烏龍茶が零れてるから!

数滴落ちた烏龍茶をおしぼりで拭きながら、私は苦笑いした。


「……うん。実は……将生くんが、ね……結婚するんだって……」


家族以外でこの話をするのは、初めてだった。

絵美は私がブラコンだということを知っている。

驚いた後、納得の表情になった。


「……そっかぁ。おめでたい話だけど、直生にとっては淋しいね」

「……正直、なんか頭と心が追い付いてなくてさー。もうちょっと時間がほしいかな……」


そう、私は時間がほしいのだ。

どれくらいの時間が必要なのかわからないが、とにかく時間が。


「直生はお兄ちゃんっ子だからね。……時間かぁ。うん、必要だね」


絵美は、小学生のときの私の生活を知っている。

中学生になって母と兄ができたと話したとき、その人たちがとても優しく素敵な人たちだと知ったとき、心から喜んでくれた。

そして、私がどれだけ兄に助けられ、頼り、寄りかかったのかも知っている。

絵美はそれ以上何も言わなかった。それが、とてもありがたかった。




「そういえば、絵美は東条晃先輩って知ってる?」


話題を変えるため、私は絵美に先輩のことを聞いてみた。

彼女は交友関係が広いので、もしかしたら知っているかもしれないと思ったのだ。


「ああ、なんかすごく問題のある人だよね。なんでも、よく授業をサボるのに成績はいいとかなんとか」


先輩、頭よかったんだ。道理で私に数学を教えられるわけだよ。


「その先輩がどうかしたの?」

「あ、ううん。たまたま知る機会があったからちょっと気になっただけ」


咄嗟の私の言葉に絵美は一瞬眉をひそめたが、そもそも接点がないと納得したのか「ふーん」と一言だけで終わった。

すかさず、私は別の話題をふった。




何となく、先輩とのことは秘密にしておきたくなったから――。





*


土曜日。私は図書室の当番のため登校した。

今日は補講もないので人は来ないだろう。それでも図書室は開けなくてはいけない。

そういう決まりなのだ。


カウンターに鞄を置き、宿題を取り出す。今日は国語。

国語は読書感想文なので、まずは読みたい本を決める。

ほとんどの人は夏休み前に借りていくが、私は図書委員だ。

夏休みも図書室に来るのだから、そのときにじっくり選ぶつもりでまだ決めていなかったのだ。


ずっと気になっていた小説を手に取り、カウンターに戻る。

ページをめくり、夢中で読んでいく。

このとき、私の耳には何も入ってこない。

集中するとどんなに近くから声をかけられても、気付かないことが多いのだ。

このことで、絵美にはよく呆れられている。


図書室にはページをめくる音だけが、静かに響いていた。






はっと気が付くと、午後の一時を過ぎていた。お昼を食べなきゃと本に栞を挟んで横に置き、鞄からお弁当を取り出した。

そのとき、ガタッと音がした。咄嗟に顔を上げる。


そこには、机から立ち上がった晃先輩がいた――。






「あ、先輩。こんにちは。すみません、全然気付きませんでした。いついらしたんですか?」


焦った私は早口で先輩に話しかける。

本当に気付かなかった。いつからいたのだろうか。


「……一時間くらい前から。あんた、集中してると周りが見えなくなるタイプなんだな」


一時間も前から……。心なしか、先輩は楽しそうなお顔をしていらっしゃる。

何となく恥ずかしくて、思わず俯いてしまった。


「そんなに集中して何を読んでたんだ?」


先輩がカウンターに近付いてきて、私の手元を覗きこんだ。

本を手に取り、パラパラとめくる。

裏表紙の解説を読むと、「ふーん」と言って本を元の場所に戻した。


「国語の宿題の読書感想文用です。ずっと気になっていた本だったので、思わずのめり込んでしまいました」


へらっと笑ってそう説明すると、先輩は興味なさそうな返事をし、次いで私のお弁当を見た。

しばらく凝視し、おもむろに指を伸ばすと、黄金色に輝くプリっとした卵焼きをそっとつまみ上げ、大きく開けた口の中に放り込んだ。


私はというと、先輩の突然の行動に思考が停止し、自信作の卵焼きが先輩に咀嚼され喉を通過していくのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。


「……これ作ったの母親か?」

「……いえ、私です」

「お前、料理できるんだな」

「一応……。卵焼き、お好きなんですか?」


今日のお弁当には唐揚げが入っている。食べ盛りの男子だったら、真っ先に唐揚げを狙うだろう。


「…………嫌いじゃない」


出た。嫌いじゃない。


「……お口に合いましたか?」


家族以外の異性に自分の料理を食べてもらうのは、これが初めてだった。

自信作とはいえ、少し気になる。


「…………まずくはない」


その返答に、思わず吹き出しそうになった。

先輩は照れ屋さんだから、遠回しでしか伝えられないのだろう。

先輩の可愛さに、ささくれていた私の心は、ほっこりとあたたかくなったのだった。




「あ、先輩。よかったらクッキー食べますか?」


席に戻ろうとする先輩に声をかけ、鞄から昨日焼いたクッキーを取り出す。

先輩に会えたら渡そうと作っていたのだ。

会えなくても、自分が食べればいいし。

無事に先輩に会えたことにホッとして、ラッピングしたクッキーの袋を先輩に差し出す。

先輩は私の手元の袋を凝視している。その顔には、困惑が浮かんでいる。


「……甘いの、苦手でしたか?」


さっき食べた卵焼きは甘めの味付けだ。

それを「まずくはない」と仰るなら、たぶん大丈夫だとふんだのだが……。


「……いや、食える……」


その言葉に嬉しくなり、私はカウンターを回って先輩の前に行き、彼の手を取ってその上にクッキーを乗せた。


「この前の数学のお礼です。本当に助かりました。ありがとうございました」


そう言うと先輩は納得してくれたのか、「ん」と頷き席に戻っていった。

私もカウンターに戻ってお弁当の続きを食べる。






そのとき聞こえた袋を開ける音と、サクッという音に。


私の口角は自然と上を向くのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ