14.
先輩にまた会えたら、言いたかったことがある。
でも、実際に顔を見ると、言っていいのかわからなくなった――。
「……どうして来たんですか? 避けてましたよね……」
そう、先輩は先生を、図書室を、私を避けていたはずだ。
あの日から、先輩は私と先生のテリトリーに入ろうとしなかった。
おそらく、先生の結婚相手が私の兄だったからだろう。
私を見ると、兄を思い出してしまうから。
十二月に入って三年生は自由登校になったので、正直もう会うことはないだろうと思っていた。
兄と先生の結婚式に、きっと彼は来ないから――。
先輩はばつが悪そうに顔をそらしたが、何かを言うことはなかった。
そのとき、一瞬見せた瞳の揺らぎが、まるで迷子の子どものようで――。
「……先輩。先生に言わないんですか?」
私は、ずっと言いたかったことを、口にした。
*
先輩は、はっとした表情で私を見た。
その瞳には、驚愕と困惑と不安が読み取れる。
「……なに……言って……」
「好きなんですよね?先生のこと」
先輩の動揺を置き去りに、私ははっきりと踏み込んだ。
これでもう、後戻りは出来ない。
「……その席から、武道場の鏡に映る東条先生が見えました。先輩……そこから……見ていたんでしょう?」
――……東条先生のことを…………。
先輩は黙っていたが、やがて観念したのか、苛立たしげに呟いた。
「お前には関係ない」
「ええ、関係ありませんよ」
「っ! だったら黙ってろ!!!」
「関係ありませんが!!!」
先輩の怒鳴り声に被せるように、私も大声をだした。
「……見ちゃったんです。先輩の、先生に対する気持ちを……。見ちゃったんです! 先輩の苦しそうな顔を! 見ちゃったら!!!」
涙が、頬を伝った。
「……見ちゃったら…………私には……それを見なかったことにはできませんでした」
怖い見た目と違って、本当は優しい先輩は、先生のことが本当に大好きで。
女性として、本当に大好きで。
でも、この気持ちは先生を困らせるだろうから、言えなくて。
先生だけじゃなく、家族にも迷惑がかかるから、絶対に言えなくて。
でも、好きで好きで、苦しくて……。
「……先輩が、そういう格好をし始めたの、先生と兄が付き合いだしてからなんでしょ? いままでの彼氏と違って、兄との関係は先生の中で特別だった。それに気付いたから……」
以前の先輩は、ごく普通の真面目な生徒だったらしい。
口数は少ないが友人もいて、先生の覚えも良かったそうだ。
それが二年生の終わり頃になって急に髪を染め、授業をサボるようになった。
たまにケンカもしているらしい。ほとんどは相手から吹っ掛けられているそうだけど。
それもあって、学校では問題児として扱われている。
先輩は、疲れてしまったのだろう。
先生への気持ちに。
家族への気持ちに。
周りへの気持ちに。
そして、自分の気持ちに――。
無言で涙を流す私の耳に、小さな声が届いた。
「………………気持ち悪く、ないか? 実の姉を、本気で好きになるようなヤツ……」
怯えを含むその声は、震えていて。
さっきの迷子の子どものような瞳を思い起こさせた。
「気持ち悪くないです。少なくとも、私は」
他の人なんか知らない。私は私の言葉を伝える。
「私は先輩のすべてを知っているわけではありませんが、私の中の先輩は、とても優しくて素敵な人です。その先輩の誰かを好きだと思う気持ちが、気持ち悪いものであるはずはありません」
そう、先輩は素敵な人なんだ。私と違って。
だからこそ、前を向いてほしいと思う。
一歩を踏み出してほしいと思う。
そしたら、きっと、私も――。
先輩は、手で顔を覆い、声を震わせながら、泣いた――。
これが、もしかしたらR指定になるのかな……と、恐怖に駆られたので、念のため……(゜д゜)




