10.
お昼を食べ終わり、本の続きを読み始める。先輩はすでに、お休みモードだ。
静かにカウンターの椅子を端までずらし、そっと先輩を覗き見る。
明るい髪の毛は日に当たって金髪に見える。
まるでさっきの卵焼きみたい。思わず頬が緩んだ。
そして、先日の先輩の表情を思い出す。
――おそらく、先輩は……。
そこで私は考えるのをやめる。
まだ出会って三回目だ。そこまで踏み込んでいい相手ではない。
きっと先輩も他人にあれこれ言われるのは嫌だろう。
これは彼自身の問題なのだ。
そっと先輩から視線を外し、私は本に集中した。
時間になり、いつも通り閉室作業をする。
先輩も起きたみたいで、じっと私の動きを目で追っていた。
先輩の視線を感じながら、なるべく気にしないように作業を続ける。
あとは鍵をかけるだけになると、先輩も立ち上がった。
彼はいつも手ぶらだ。何しにここに来ているのだろうかと考えて、頭を振った。
考えてはいけない。
「先輩、鍵閉めますよ」
声をかけ、先輩がゆっくり出てくると扉を閉め鍵をかけた。
今日は東条先生がお休みなので、職員室には私が鍵を返しに行かなければならない。
「それでは、先輩。今日も素敵な昼寝っぷりでした」
そう言うと、先輩は少し不機嫌そうな顔になった。
からかわれるのは嫌いらしい。そんな姿が子どもっぽくて、私は思わず笑ってしまった。
やっぱり先輩は、怖い見た目と違って可愛らしいお人だ。
会釈をして、職員室へ向かうため踵を返す。
そんな私の背中に、小さく声が聞こえた。
思わず振りかえると、そこには先輩の後ろ姿があった。
彼は逆方向に歩いて行く。
――……またな。
ささやくような声が耳に届いたのは、奇跡だと思う。
嬉しくなった私は、先輩の背中に向けて、元気よく声をかけた。
「先輩、またね!」
彼は後ろ向きで手を振ってくれた。
*
本日は晴天なり。絶好の顔合わせ日和。
場所は駅前のちょっと高めのホテルのレストラン。
兄はスーツをバシッと決めている。もちろん、父も母もスーツだ。
私はというと、少し大人っぽい雰囲気のワンピースを着ている。
制服でいいかと思っていたのだが、どうせなら可愛くしようと母が言い出し、昨日急きょ買い物に連れ出された。
母の着せ替え人形と化した私は、言われるがままこのワンピースに決め、本日着用している。
まあ、何だかんだと気に入っているんだけどね。
「あ、もう来てる」
兄が示す方向には、こちらに背を向けて並んで座る四人の姿が見えた。
そのうちの右端に座る人に、私の目は釘付けになった。
――……いやいや、まさか……ね……。
心臓が嫌な音をたてる。
あんな髪色の人なんて、世の中いっぱいいるってば。
そう言い聞かせても、背中に流れる嫌な汗は止まらない。
違うことを祈りながら、私たちは相手のご家族の前に立った。
咄嗟に視線をテーブルに移す。
「遅くなってすみません。本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。瀬崎将生と申します」
兄が頭を下げるのに倣い、私たちも頭を下げる。
そのまま下げたままでいたいが、そうも言っていられない。
隣の母が頭を上げた気配を察知し、目線を下げたまま私も頭を上げた。
「父の和俊と母の恵子、それと妹の直生です」
兄が私たちを紹介する。父が「よろしくお願いします」と言った。
私と母はもう一度お辞儀をする。
そのとき、私がよく知る声が耳を打った。
「こちらこそ、お越しいただき、ありがとうございます。東条灯です」
私は思わず目線を上げた。
そこには、悪戯が成功したような顔をしてこちらを見つめる、東条先生の姿があった。
そして、私は無意識に目線を左に移す。
その先には、目を大きく開いて驚きの表情を浮かべる、晃先輩がいた――。




