夜を共に
私は、夜が嫌いだ。
一人が嫌いだ。静かな世界が嫌いだ。誰もいなくなってしまう時間が嫌いだ。物寂しい暗闇が嫌いだ。何一つ聞こえない静寂が嫌いだ。
私は、夜のすべてが嫌いだ。
だから、こんな夜を二度と迎えないために、私は眠りたい。眠ってしまいたい。
すべてから逃げ出したい。
だから、私は、私を眠らせてくれる人を探していた。
お母さんじゃあ、ダメだった。お父さんじゃあ、ダメだった。
二人とも、私を置いて眠ってしまう。
お医者さんじゃあ、ダメだった。魔法使いさんじゃあ、ダメだった。
みんな、すぐに諦めちゃう。
誰も私を眠らせてはくれない。誰も私を助けてはくれない。
だから、どこにも、私を眠らせてくれる人なんかいないんじゃないかと、そう思っていた。
「はぁい♪」
そんな時、私の前に現れたのは、ふわふわとした服を着た魔法使いだった。
全身を白一色に着飾った、張り付けたような笑顔をしたお姉さんは、私に向かって問いかけた。
「貴女、夜は好き?」
考えるまでもなかった。嫌いだ。大嫌いだ。夜なんてなくなって、誰もがみんな眠らなくなってしまえばいいと思っていた。そうすれば、私は一人じゃないから。そうすれば、私だけがさみしい思いをしなくていいから。そうすれば、誰もさみしい思いをしなくていいから。
「そう。お姉さんはね、みんなに夜を好きになってほしいなって思ってるの」
その時、お姉さんの顔は、やっぱり張り付けたような笑顔のままだったけれど、厭に目がぎらついていたような気がする。
「だから、お姉さんに、あなたが夜を好きになるお手伝いをさせて欲しいの」
でも、そんな人だからこそ、もう一度だけ信じてみようと思った。
今まで出会ったどの人よりも、私を見ていないこの人だからこそ、自分のエゴだけで動いている人だからこそ、私は、それにすがってみようと思った。
◆◆◆
「へえ、眠れないんだ、貴女」
彼女についていった先。街を外れ、森に入り、歩き歩き歩き続けてようやく辿り着いたのは、家というにはあまりにも大きく、古びていて、手入れもされていない建物だった。
「じゃあ、眠れるようになったら、貴女も夜のすばらしさを知ってくれるのかしら。でも、せっかく夜を眠らずにいられるんだから、それが無くなるのはもったいない気もするわね。でも、嫌いな理由がそれなんだったら、その原因を取り除いてあげないとやっぱり貴女は夜を好きにはなってくれないのでしょうし、とても残念ではあるけれど、じゃあ、私はあなたを眠れるようにしてあげなきゃね」
鍵もかけられていない大きな扉を開き、色あせた絨毯が敷かれた広間をつかつかと歩き、階段を上って小さな部屋へと入るまで、彼女はずっと一人で話し続け、私はただ黙ってその後ろを歩き続けていた。
「さて、貴女が眠れない理由は何かしら?」
彼女は椅子に座り、こちらに向き直ると、改めて私に問いかける。
やっぱり目だけがぎらぎらと光っていて、心の裏側を覗かれたような気持になる。
でも、きっとこの人は何も見ていない。私の心どころか、きっと私の顔すら見えてはいない。
だから、私は、私の全てを、安心して彼女に教えることができる。
どうせすべてが終わったら、彼女は私のことなんて忘れてしまうだろうから。
難しいことは私にはわからない。
だから、私にわかることを。お父さんやお母さんやお医者さんや魔法使いさんが私に言っていたことを、私を忌み嫌うようになって、みんなが離れていった理由を、包み隠さず吐き出した。
「ふぅん」
でも、彼女はそんなことには興味を持たなかった。そして、思った通り、私を気味悪がることもなく、私から離れていくことも、もちろんなかった。
「じゃあ、貴女の中で渦巻いている魔力をどうにかすれば、貴女は眠れるって訳ね」
こともなげに、彼女は言う。それができれば苦労はしてない。
ただ生きているだけで私の中に生まれる膨大な量の魔力を、発散させることも取り除くこともできないその力の奔流を、今まで出会った誰も、止めることはできなかった。
「じゃあ、それを止めちゃいましょうか」
そう言って、彼女は私の目の前に掌を向ける。
今まで誰も出来なかった事を、出来ると信じて疑わずに彼女は言う。
彼女の張り付いたような笑みは、そんな彼女の自信の表れのようにも見え、彼女なら出来るんじゃないかと私の中にも、希望のようなものが生まれてくる。
「本当は、その力の使い方を教えてあげられたらいいんだろうけど。それには時間がかかるから、まずは私が手助けをしてあげるわ。そのあとは、ゆっくり少しずつ、夜のすばらしさを語り合いながら、私とともに、夜を歩いていきましょう? 魔法使いを超える、魔女として」
掌に、見たことのない文字が浮かび上がる。それは円になり、星になり、光になり、暗闇になった。
その黒に吸い込まれるように、だんだんと、私の意識が溶け込んでいく。
私の中で渦巻いている力が、その流れを滞らせていく。
「それじゃあ、お休みなさい」
そうして、私は生まれて初めて眠りに落ちた。
夜よりも暗く、闇よりも深く、どんな場所よりも静かな世界に。
でも、これで、私は一人じゃない。
私は、そうして彼女と一緒に暮らすことになった。
私を眠らせてくれる彼女。
白夜の魔女。誰よりも夜を愛し、何よりも夜を愛した人と。