彼女と委員長
楓の森高校は私立の進学校で、入学時点で文理が分かれている。
私たちのクラスは文系で、圧倒的に女子が多く、ともすれば女子高のような雰囲気なのかもしれない。男子は肩身が狭そうというか、隅でかたまっている。
学年のもう半分の理系クラスは逆に男子が多いので、全体で見れば男女の割合は半々くらいだと思う。教室は別の棟にあるので、交流はあまりない。
そんなかしましい教室で、今日もいつもと同じような光景が繰り広げられていた。
休み時間に私の前の席に勝手に座って語りだしたアンリの、よく分からない妄想話を、机にうつ伏せて寝たフリをして聞き流していたところだった。
「あ、あ、安藤さん! アナタの言っていた写真、持ってきてあげたわよ!」
「やあ委員長。…? 写真?」
ダメだコイツ、たぶん自分で言って忘れてるパターンだ。
「べ、別にアナタのために撮ってきたとかじゃなくて、たまたま、そう、たまたま見つかったから……」
実に分かりやすいツンデレだ。驚くべきことに、委員長はアンリに好意を抱いているらしいのである。
きちっとしたポニーテールに、授業中にだけかけるメガネがよく似合っている。
「何だっけ?」
やっぱり忘れている。かわいそうな委員長。本当はアンリに言われてわざわざ撮ってきたんだろうに。
「! だから! お尻の写真!」
ザワッ……。
瞬間、教室内の空気がどよめいた。
さすがに机から顔を少しだけ上げて二人の様子をうかがう。何を要求してんだ、コイツは……。
「えー、お尻? 確かに委員長のお尻はイイ形してて触り心地よさそうだけどー、写真なんて頼んだっけ?」
「! ! ち、違っ、犬のお尻の写真! です!!」
委員長は真っ赤な顔で叫んだ。
あー、なるほど。たしか委員長は愛犬家だったはずだ。
アンリが前に言っていた、犬のお尻の話をして失った友人って、委員長のことだったんだな……。
「うちのメトロポリタンちゃんを撮った写真ですっ! い、いま、私の、お、お尻が触り心地よさそうとかなんとか……?
別に触るくらいならいつでも……って何を言っているの私は!」
本当に何を言っているんだ委員長。落ち着け。
ていうか委員長、犬に「メトロポリタン」なんて名前つけてんの?
ちなみに「委員長」とはあだ名であり、それっぽいというだけで、実際に何かの委員長というわけではない。
本当のクラス委員長の役割をする人はちゃんと別にいるが、そっちは「カンカン」という愛称で呼ばれているので今のところ支障はない。
気の抜けた声とともに、次の教科担当の先生が教室に入ってきた。
「おーい、もうすぐ休み時間終わるぞー。なるべく早く席に着けよー」
白髪がメッシュのような銀縁メガネのおじさんは、このクラスの担任でもある。
「なるべく早く」が口癖なので、生徒からは「なるはや先生」とか「なるセン」とか呼ばれている。
ただ、アンリだけは「アサップ先生」と呼んでいる。言わずもがな、「As Soon As Possible」の略だ。イタイ。
アンリは席に戻る前に、委員長の手から写真をサッと奪っていった。
「写真ありがとね、委員長! 大好き~」
「!!!」
アンリのウインクが鮮やかにキマった。何でコイツこういうの抜群に上手いんだろう、むかつくな。
ああほら、委員長まともにくらって耳まで真っ赤になってる……。
それにしても、毎回こうやってごまかされる委員長もチョロすぎるだろう。いいのかそれで?
何か。面白くないな。
よし、今日の帰りはアンリと101アイス寄っていこう、と私は決めたのだった。