彼女の兄とその同僚
楓の森高校正門前警備員室。
「よっ、ハル。一緒にメシ食おうぜ~」
「相変わらず馴れ馴れしいな。ダメだ」
返事を待たずに吉川は勝手に自分の持ってきた弁当の包みを隣で広げていた。
そのうえファンシーな弁当箱の中身を見せつけてくる。まったく迷惑なヤツだ。
「イイだろ~? 彼女のお手製!」
「俺の手作り弁当の方が栄養バランス考えられてるし、見た目もいい」
「何だよー、ちょっと不器用なくらいがカワイイからイイんだよっ。
いいか、ハル。彼女は存在そのものが奇跡。神奈川の奇跡なんだよ……」
出た。吉川の口癖だ。何で日本の、にしてやらないんだ。どうでもいいけど。
俺は吉川の彼女のことを心の中で「かなさん」と呼んでいる。「神奈川の奇跡さん」だと長いからだ。
本当の名前も教えてもらった気はするが、覚えていない。
俺は女の名前になんて興味がないからだ。ただ一人の人物を除いて。
しかし、何でコイツはいつも俺に絡んでくるんだ。
親友ヅラしているが、二人ともこの現場で初めて顔を合わせたし、揃って配属になって日が浅いので、まだお互いのことはあまり知らない。
煩わしいので理由を聞いてみる。
「お前のこと、初めて見た時から主人公っぽいって思って、気になってたんだよ」
「は? どこが?」
「黙ってりゃそこそこモテそうなとことか、その特徴のない髪型とか、覇気がなくてやる気なさそうで何にも興味なさそうなとことか。妹がいたら重度のシスコンっぽい」
「確かにお前は主人公の友人Aとかが似合いそうだな」
「あと、何かいつも悩みを抱えていそうだ」
「……まあ、いま確かに頭を悩ませてはいるな」
「なんだなんだ、俺が聞いてやるよ~?」
途端に前のめりになって目を輝かせる吉川に話すのは癪だが、味方は多い方がいいだろう。
「妹に悪い虫が付いたみたいなんだ」
「わぁー、本当にシスコンだった!」
俺の大事な妹は独特な感性を育んでおり、これまで人と深い付き合いをしたことがなかった。
特定の人物の話を何度もすることなんてなかったのに、高校生になって仲のいいお友達ができたらしい。
「最近はそいつの話ばかり……チッ」
「ひえーっ……別にお友達くらいイイじゃん、カレシじゃない……すみません、人間ってそんな怖い顔できるんだね」
「で、ここからが本題だ。その妹は、今年この楓の森高校に入学した新入生の一人だ。
お前も妹の周りに目を配っておいてほしい。そして何かあったらすぐに俺に報告しろ」
「え、ちょっと待ってちょっと待って。まさか……お前、妹ちゃんの為にココに配属されるように?」
「もちろんそうだけど?」
いつでも俺が傍にいて守ってやるからな、クーちゃん。
「うわー……シスコンお兄様、つよい……。
ていうかそんな過保護になるなんて、よっぽどカワイイのか?」
「は? 当たり前だろ。目の中に入れても痛くないどころか、できることなら目の中に入れて連れて歩きたいくらいだ」
「ダメだコイツ早く何とかしないと……いやもう手遅れか……?」
「そこ、二人ともウルサイっスよ、あと気持ち悪い」
辛辣な言葉を休憩室に向かって投げかけてきたのは、この隊で唯一の女子警備員の浅田さんだ。
彼女は主に日勤で受付に座っているか、女子トイレや女子更衣室の見回りなどを担当している。
俺たちよりも年は若いが、この現場においては彼女の方が先輩なので、頭が上がらない。
しかし俺は気付いている。
「浅田さん、さっき副隊長が言葉遣いがキレイな女の子がタイプだって話してましたよ」
「! なっ、な、何でそんなことアタシに言うんだよ!?」
ほらな、顔真っ赤にしていなくなった。
この隊の人間関係は大方把握済みだ。浅田さんは真面目で誠実そうな副隊長に片思い中なのだ。
「えー……ハルお前、人の弱み握るの得意なのぉ? やめろよなー」
「安心しろ、お前の弱みを握ったところで俺に何のメリットもないからな」
「何だよ! 俺の秘密、気にならないのかよ! 知りたいだろ、俺と彼女の甘い生活とかさぁ、あ、ちょっと!」
俺は午後の立哨業務を開始するために、制帽を掴んで外に出た。